棚橋弘至「体の変化に合わせて戦い方を変えていく」プロレス界を盛り上げるためにも、自ら学び続ける


日本最大のプロレス団体・新日本プロレスのエース・棚橋弘至さんは経営不振に陥っていた団体を復活させ、プロレス人気を回復させた立役者です。

2023年12月には代表取締役社長に就任し、現役プロレスラーと二足の草鞋を履くことになりました。団体とプロレス界双方のエースとして長年活躍してきた棚橋さんを支えた肉体はどのようにして維持されているのか。棚橋さんの健康管理についてインタビューしました。前編では棚橋さんの体づくりについてお届けします。

コロナ禍で体重110㎏まで増加。食事を見直し、トレーニングとしてウォーキングは一日最大4万歩!

──棚橋さん、新日本プロレス新社長就任おめでとうございます! 新日本プロレスの社長に就任した今のお気持ちをお聞かせください。

棚橋弘至さん(以下、棚橋):自分が新日本プロレスの社長になるとは思いませんでした。これは「まだまだ頑張れよ」という意味に受け取りましたね。社長とプロレスラーの二刀流。どちらも100点を目指します!

──現役プロレスラーを兼務しながら社長として奮闘する棚橋さんのご活躍に期待しています! プロレスラーとしてリングに上がる上で健康管理やコンディション作りは大切ですが、現在のトレーニングスケジュールを教えてください。

棚橋:基本的に筋力トレーニングと持久力系のトレーニングに分けています。筋力トレーニングに関しては、肩、胸、背中、腕、脚の5分割で、ローテーションを回してやっていますね。脚のトレーニングはオフが長い時期にやって、普段はヒンズースクワットのみです。ハーフ(スクワット)をウォーミングアップで100回くらいやると体が温まるんですよ。

──持久力系のトレーニングはどのような内容ですか?

棚橋:エアロバイクやランニング、軽いジョギング、ウォーキングなどです。心拍数を上げるトレーニングをするときはリングに上がって、バタ足ジャンプやタックル切りなどの無酸素運動を30秒~1分間続けます。ジョギングは長く行わないんですけど、ウォーキングは長くて1時間、1日1万歩を目標にしてやっています。最高4万歩を歩いたこともありますよ。

──4万歩を歩くと距離はどれくらい進むのでしょうか?

棚橋:世田谷近辺から東京タワーを経由して、銀座まで行って買い物して、世田谷に帰ってきました(笑)。

──それはすごい距離です(笑)。トレーニングメニューに関しては、20代のときと比べて質や量に変化はありますか?

棚橋:ウエイトトレーニングの質は落ちていないですね。ただ、僕自身の加齢による基礎代謝の低下があるので、40歳手前くらいでコンディションの調整方法がうまくいかなくなったんです。30代のときの「2週間くらいあればこれだけ体重を落とせる」という成功体験があって、同じように実践するものの体重が落ちない……従来のやり方では成果が出なくなったんです。あとコロナ禍で太ってしまって、今もコロナ太りは引きずっています。

──コロナ禍で最大何kg増加したのですか?

棚橋:体重はプラス10kgほど増えましたね。お腹がかなり出ましたよ。そこから食事を見直したんです。運動量はそれほど落ちていないんですけど、変えたのは1日の食事で摂取する総カロリーです。お米などの炭水化物は基本的には朝のみ、夜は基本的に肉類と野菜を主に食べています。

──棚橋さんは自身の肉体をつくり上げるときに、ある程度体重を増やしてから絞り込んでいきますよね。そのときのトレーニングや食事について具体的に教えてください。

棚橋:キャリアを重ねてからは増量期をつくっていないですね。ヤングライオン*1のときはただひたすら食べて、体重が増えていくのが楽しかったんです。新日本プロレスに入門した1999年4月は90kgで、半年後(10月)のデビュー戦では102kgまで増えたんですよ。入門してからデビューするまでの半年間が、キャリアの中で一番体重増加が大きかった時期ですね。3食ちゃんこを食べて、合間にプロテインを飲んで、寝る前に水分をたくさん取って、夜中に一回トイレで起きるので、就寝前にプロテインを作っておいて、深夜トイレのために起きたらプロテインを飲んでまた寝る……という生活を送っていました。

──ご自身でベスト体重は何kgぐらいだと思っていますか?

棚橋:身長(181cm)から考えると100kgですかね。もう少し軽くてもいいかも。「新日本プロレスコンクルソ」*2で一番絞ったときは86kgまで落とすことができました。

──そのときはどういったトレーニングや食事を行ったのですか

棚橋:とにかく歩きました。体重が減るとウエイトトレーニングで扱う重量も下がるので、ベンチプレスとスクワット、デッドリフトの3種類のマックス負荷からできるだけ下がらないようにしていました。

──棚橋さんは最近胸のトレーニングに重点的に取り組んでいるイメージがあるのですが、これはどういった意図があるのですか?

棚橋:胸トレも好きですが、肩や背中のトレーニングの方が好きですね。大胸筋はプロレスも含めてスポーツであまり使う筋肉ではないんですよ。

プロレスの場合は相手を掴んだり、引き上げたりするので基本的には背中の筋肉が強い方が良いです。でもプロレスはお客さんに見てもらうという面もあるので、大胸筋はプロレスラーにとって看板みたいなものなんですよ。だから僕は、実戦ではあまり使わないんですけど、大胸筋もまんべんなく鍛えています。対戦相手のチョップやラリアットを受けるには大胸筋は大事な部位ですね。

あと肩の筋肉は他の部位に比べるとすごく小さいんですよ。ボディビルをしている方は肩トレをかなり粘り強くやっているから肩が盛り上がるんですが、プロレスラーで肩が大きい選手はあまりいないんです。だから「肩の筋肉が発達している選手はトレーニングに熱心」というひとつのバロメーターになります。

──今後、プロレスを見るときに参考になりますね!

棚橋:大胸筋と肩三角筋の均整が取れていると、非常にカッコいい体になるということです。

体の変化に合わせて、戦い方も変えた

──プロレスラーとして生きていく上で健康管理は必須だと思いますが、健康維持のために普段から取り組んでいることはありますか?

棚橋:僕は疲れたことがないので(笑)。あまり健康維持を意識したことはないんですけど、水分をたくさん取るようにしています。風邪もあまり引かないんですよ。試合を病欠したことは一度もないですからね。

──棚橋さんのお話を伺っていると、肉体や栄養、トレーニングなどに詳しい印象を受けたのですが、この知識の源流はどこにあるのですか?

棚橋:学生時代にボディビル雑誌を読んで知識を得ました。新日本プロレスに入門した当時、とにかくたくさん食べて肉体をデカくするというやり方を実践していました。僕はちゃんこ番をしているときも、ちゃんこを食べるだけでなく2時間おきにプロテインを飲んだり、サプリメントを摂取したりして体重を12kg増やしたんです。僕は新日本プロレスにプロテイン・サプリメント革命を起こした自信があります(笑)。僕が新日本プロレスに入った以降からプロテインを飲む選手が増えましたから。

──独学で、体重増加を成功させたんですね!

棚橋:新日本プロレスでは若手からベテランまで集まって道場で合同練習する時間があるんですけど、同じきつい練習をするのなら、その成果を最大限に引き出したいじゃないですか。僕は周囲より栄養の知識を身に付けていたので、他の選手と同じ練習量であっても体重増加に成功できたんです。

──棚橋さんの栄養の知識は定評がありますよね。ところで、ヒザのケガをしたのはいつ頃でしたか?

棚橋:2001年にメキシコの選手の低空ドロップキックを真正面で受けて、左足の前十字靭帯を断裂したんですよ。でも僕は靭帯が切れているのに気づかなくて、後に右足の後十字靭帯を切ってしまったんです。半月板を損傷していたので手術することになって、MRIを撮ったら「左足の前十字がないですね」って言われて分かりました。今は左足の前十字と右足の後十字、両膝の内側側副靭帯と、本来8本ある靭帯のうち、4本が切れています。さらに右ヒザの半月板は割れてしまったので、手術で部分切除していますね。

──ヒザの負傷は新人時代から抱えていたのですね。

棚橋:はい。ただヒザの靭帯が切れても、周りの筋肉が強かったので、ヒザ周辺の筋力でカバーできたんですよ。ヒザは痛かったんですけど、動きに陰りはなくて、2011年に連続防衛していたときもヒザの不安はありませんでした*3

──自身の筋肉がヒザのケガのプロテクターやサポーターになったということですね。現在、ヒザのケガとはどのように付き合っていますか?

棚橋:痛みは慢性的にあって、階段を降りるときはあまり速く降りられないです。歩き方も、武藤(敬司)さんのように「ヒザの調子が良くない歩き方をしてるね」と言われることが多くなりました。あと両足が変形性膝関節症になっていて、ヒザの中でロックがかかって曲がり切らず、僕は正座ができないんですよ。

──棚橋さんはかつてスピードを生かしたプロレスの展開や試合の組み立てをしていました。近年、加齢やヒザのケガの影響もあり、以前に比べて戦い方が変わってきたように感じているのですが、ご自身はどう捉えていますか。

棚橋:ウォーキングや軽いジョギングはできるんですけど、ダッシュをする量は減ったと思っています。僕もベテランになってきたので、自分が走るんじゃなくて、相手を動かす戦い方に変えたんですよ。僕がロープに走るのはスリングブレイド*4を狙うときぐらいですね。

──言われてみると、棚橋さんが走るロープワーク*5は近年、かなり減ったように思います。

棚橋:僕は相手の攻撃や勢いを利用するカウンターを得意にしていて、近年は相手を動かしてカウンターを取る試合の組み立て方になりましたね。

──相手を動かしてカウンターを取る戦い方はいつ頃から意識してやるようになりましたか?

棚橋:2016~2017年くらいから戦い方を変えていって、2018年の『G1 CLIMAX 28』で優勝したときは理想の試合の仕方ができましたね。若手時代から丸め込み技*6を得意にしていて、この経験が戦い方を変えるときに役立ちました。

もう一度、プロレス界を爆発的に盛り上げたい

──棚橋さんは2024年で48歳、若手や後輩プロレスラーから追われる立場になってきました。

棚橋:そうですね。後輩プロレスラーもたくさん育ってきて、Z世代の選手とはこれからも戦いたいと思っています。

──海野翔太選手、成田蓮選手、辻陽太選手、上村優也選手など、1990年代生まれの選手が成長を遂げています。特に海野選手と上村選手は棚橋さんから試合のスタイルやビジュアルなど大いに影響を受けたのだと感じます。

棚橋:そうですね。ロングタイツ(海野選手)と長髪(上村選手)の違いはありますけど、若いときの僕に似ていますね。これはハッキリ言いますけど、彼らはスター候補生ですよ。上村はイケメンで、試合も含めてこれから大化けすると思います。

上村優也選手(写真提供:新日本プロレスリング株式会社)

──上村選手は試合もオーソドックスなレスリングを得意にしているので、棚橋さんに近いスタイルですよね。

棚橋:僕も若いころにリッキー・スティムボート*7のアームドラッグ*8を見て勉強したんですけど、上村はアームドラッグを使うじゃないですか。あれは素晴らしいですし、これからも大切に使ってほしいですね。こうやってレスリングの文化が受け継がれていくのかなと思うと嬉しいですね。

──新日本プロレス次代のエースとして期待され、数多くのタイトルマッチを経験している海野選手はいかがですか?

棚橋:海野は早熟ですね。成長が著しいですし、ビジュアルと肉体と技術を兼ね備えているので、こうした選手が出てきたことに、プロレスも進化しているなと改めて感じますよ。ただ僕がIWGPヘビー級王座を取ったのがデビューして7年くらいで、海野は今年でキャリア7年なので、そろそろIWGP世界ヘビー級王座を取らないといけないですよね。そう考えるとオカダ(・カズチカ)がチャンピオンになるのが早すぎたんですよ(笑)。

海野翔太選手(写真提供:新日本プロレスリング株式会社)

──次世代選手の壁になりたいという思いはありますか?

棚橋:ありますね。ただ壁になれるかどうかは分かりませんけど。あの世代ではグレート-O-カーン(以下、オーカーン)くらいしかシングルマッチで対戦していないので。

──ちなみにオーカーン選手をどう見ていますか?

棚橋:オーカーンはいいですね。実力と発信力があるのでもっとデカい存在になってほしいです。オーカーン VS 海野、オーカーン VS 成田、オーカーン VS 辻、オーカーン VS 上村が新日本プロレスの看板カードになると、団体の未来は明るいですね。

──では棚橋さんの選手としての今後についてお聞かせください。

棚橋:コロナ禍前の2019年は売上も伸びて、プロレス界が盛り上がってきていて、「僕ができることは全部やったかな」という思いがありました。でもコロナ禍になって、プロレス界の売上がまた下がってしまったんですよ。僕はすべてのキャリアを捧げてプロレス界を盛り上げてきたと自信を持っていたので、悔しい思いをしました。

コロナ禍のプロレス界の苦境が再び僕に火をつけて「もう一度みんなが楽しめるような新日本プロレスにして、キャリアを終えたい」という意欲が出てきたんです。IWGP世界ヘビー級王者になるまではプロレスラーは辞められないなと。2024年中に取りたいです。

──IWGP世界ヘビー級王者になっても引退せずに、防衛ロードを進んでほしいです! ベルト防衛の旅がプロレス復興に繋がるものだと思います。

棚橋:ありがとうございます。チャンピオンベルトを巻いて、全力プロモーションをして、日本全国を回って「愛してま~す!」で試合を締めくくり続けたら、もう1回プロレス界が爆発するように盛り上がる気がしますね。もう体が粉々になるまでやりますよ。

──粉骨砕身ですね。

棚橋:粉骨砕身でやりますけども、僕は疲れないので大丈夫です(笑)。


***

後編では、棚橋さん自身の健康やセカンドキャリアについてお届けします。
後編記事:「150歳まで生きて筋トレしたい」新日本プロレス社長兼エース・棚橋弘至が語る健康と老後




フォーネスライフが提供する疾病リスク予測サービス「フォーネスビジュアス」では、認知症や心筋梗塞・脳卒中、肺がん、慢性腎不全の将来の発症リスクを可視化し、対策のための生活習慣改善アドバイスを受けることができます。

下記の記事では、自らフォーネスビジュアスによって生活習慣を改善した経験について、フォーネスライフ社長が語っています。将来の病気のリスクや自分に合った生活習慣を知りたいと思った方は、ぜひこちらもご覧ください。

今の生活習慣、
見直してみませんか?

疾病リスク予測検査って?




取材・文:ジャスト日本
撮影:安井信介
編集:野村英之(プレスラボ)

*1:新日本プロレスに所属する若手選手の通称

*2:新日本プロレスで「誰の身体が一番カッコイイか、凄いか、好きか」を競う肉体コンテスト

*3:棚橋さんは2011年1月~2012年2月までIWGPヘビー級王座を守り、11回連続防衛に成功している

*4:棚橋さんの得意技のひとつで、助走をつけて相手の喉元に腕を掛け、回転しながら床に叩きつける技

*5:リングに張られたロープに向かって走る。そのとき背中からロープに当たり、そのバウンドを利用して走るプロレスの基本技術のひとつ

*6:クラッチ技とも呼ばれる。クラッチ(clutch)は、英語で「しっかり掴む」を意味し、プロレスでは相手の手首を掴んだり脚を絡めたりすることにより、相手の体を「く」の字に固める技を総称してクラッチ(丸め込み)技と呼ぶ

*7:「ザ・ドラゴン」と呼ばれたアメリカのレジェンドレスラー

*8:走り込んでくる相手に対し、相手の脇の下に腕を入れて背中から倒れ込む勢いで相手を前方に放り投げる。サイクロンホイップ、巻き投げとも呼ばれるプロレスの基本技術のひとつ