血管の病気というものがある。日本人の死因ランキング2位が心筋梗塞などの心疾患、4位が脳卒中などの脳血管疾患*1なので、我々日本人は血管の病気で死んでいることになる。また一命をとりとめても再発リスクを抱える疾病で、手術や治療にもお金がかかるのはもちろん、仕事や生活にも支障が出ることが想定される。
血管の病気になったら、仕事を続けることが難しくなるかもしれない。介護が必要になるかもしれない。血管の病気になった際のお金のことをファイナンシャルプランナーに教えてもらおうと思う。
目次
血管の病気が怖い
日本人の死因ランキング1位は「悪性新生物(主にがん)」で、2位が「心疾患」となっている。心疾患とは、狭心症や心筋梗塞などのことだ。4位が脳血管疾患でこれは脳卒中など。がん、心疾患、脳血管疾患の3つが三大疾病と呼ばれる。ちなみに死因ランキングの3位は老衰だ。
私はいま三十代後半。今日までノーガードで生きてきた。保険とか入ったことがない。しかし、心疾患は突然やってくることが多い。突然死ならまだいいとして(全然よくないけれど)、一命をとりとめても再発のリスクも高く、その後の生活に支障をきたすことが考えられる。
病気を未然に防ぐ生活を送ることはもちろんだけれど、同時に万が一を考えたお金のことも知っておく必要がある。ただ私にはそんな知識はない。知識がないから今までノーガードで生きてきたのだ。そこでファイナンシャルプランナーの畠中雅子さんを訪ねることにした。
突然で長い血管の病気
ファイナンシャルプランナーの畠中雅子さんは、『病気にかかるお金がわかる本』『70歳からの人生を豊かにするお金の新常識』などの著者で、著書・監修書は70冊を超える。つまりお金のプロなのだ。経験も豊富なのでなんでも聞いてノーガードな人生を終わりにしたいと思う。
地主:三大疾病にかかるとやはり家計は圧迫されるものですか?
畠中:三大疾病のうち、がんについては「いくらぐらいかかりますか?」と聞かれる機会がよくあります。がんってすごく身近で、「周りにがん患者は一人もいません」って人はあまりいないんですよね。つまり、がん保険に入った方がいいかどうかという論点から、がんについてはよく聞かれます。
地主:確かに身近ですよね、私の母もがんで亡くなりました。
畠中:その一方で、三大疾病なのに、心疾患と脳血管疾患については、お金の面では話題になる機会がほとんどありません。
けれども、がんは診断されてから、スキルス性のように早めに対応が必要なものもありますが、入院するにしても事前にさまざまな準備ができるんですね。
ただ心疾患や脳血管疾患って急じゃないですか。突然やってくるし、入院がけっこう長くなる。最新の調査を見ると、例えば脳血管疾患の平均入院日数は68.9日と長いんですよ。がんの場合は14.4日です。
傷病分類 | 総数 |
悪性新生物(腫瘍) | 14.4 |
心疾患(高血圧性のものを除く) | 18.3 |
脳血管疾患 | 68.9 |
出典:厚生労働省「令和5年(2023)患者調査の概況」の「退院患者の平均在院日数等」内、「傷病分類別にみた年齢階級別退院患者の平均在院日数」より抜粋
地主:がんより全然長いんですね
畠中:心疾患は18.3日でそんなには長くないけれども、脳血管疾患だと、その後に脳血管性認知症*2といった症状が出る可能性もあるわけです。
地主:突然で長い! 一番よくないやつですね……。
血管の病気になると、どのくらいお金がかかるのか
地主:心疾患や脳血管疾患になってしまった場合、どのくらいお金がかかりますか?
畠中:全日本病院協会の調査(2023年集計)によると、以下の金額ですね。
【急性心筋梗塞】
- Killip Ⅰ:1,625,614円
- Killip Ⅱ:1,838,124円
- Killip Ⅲ:1,995,186円
- Killip Ⅳ:3,433,869円
- Killip~とは、身体所見に基づいた重症度分類。急性冠症候群ガイドライン(2018 年改訂版)より
【脳梗塞】
- JCS 0-1:1,513,654円
- JCS 2-3:1,859,495円
- JCS 10-100:2,433,839円
- JCS 200-300:1,700,197円
- JCS ~とはJapan Coma Scaleによる意識障害の分類。日本神経学会ホームページ参照
【脳出血】
- JCS 0-1:2,196,946円
- JCS 2-3:2,537,192円
- JCS 10-100:2,861,596円
- JCS 200-300:2,073,310円
出典:(公社)全日本病院協会 診療アウトカム評価事業 2023年度医療費(重症度別)年間集計
※当該費用は医療費の総額で、窓口負担は保険等の適用により、原則3割(負担割合は所得、年齢により異なる)となります
※高額療養費制度などにより、自己負担額が軽減される場合があります
地主:ここから自己負担額が軽減されるといっても、もともとの医療費は150万円以上かかるんですね……。急性心筋梗塞だと最大で約340万円以上……。
畠中:実際には、自己負担割合は1~3割になりますし、高額療養費によってもかなり軽減されます。ただし、これは医療費だけの数字。入院って高額療養費制度が適用されたとしても、平均で1日20,700円かかるっていうのが現実なんですよ*3。
例えば、15日入院したら、実際には30万円以上かかるんです。差額ベッド代や食事代、入院するとテレビを見るのにテレビカードも必要だからそれを買うとかね。そういう雑費もかかるんです。
地主:1日2万か……なかなかですね……。
畠中:平均入院費用のデータは、発表されるたびにチェックしているんですが、実は年々下がっているんですよ。最近の物価高で上がっているかと思いきや、下がっている。ただ、それでも2万円ちょっとかかるっていうのが現実なんです。先ほどの平均入院日数のデータとかけ合わせると、例えば脳血管疾患で70日入院したら、20,700円×70日で1,449,000円!
地主:約150万円! ノーガードでいることが怖くなってきました。
畠中:よく医療費用としての貯金が100万ぐらいあれば、医療費は大丈夫みたいなことを言う人いるんだけど、そんなことないよと言いたいですね。
地主:どのくらいあればいいですか!
畠中:1人200~300万円ぐらいは医療費として貯蓄しておいた方がいいと思います。
地主:300万円は見といた方がいいですね。
畠中:夫婦だったら、1人あたりそのくらいはあった方が安全かな……!
地主:300万円か……。
リハビリはどうなる?
地主:脳血管疾患とかは特にだと思うんですけど、退院後もリハビリが必要になって、そこにもお金がすごいかかるものなんですか?
畠中:保険適用の範囲であれば、リハビリもある程度、自己負担費用は減らせると思います。
地主:保険の適用期間が過ぎてしまったら自己負担費用がはね上がる……ってことはないですか?
畠中:リハビリ計画を立て直して、更新していく感じですね。治療が必要だと判断されれば、保険診療になるはずですよ。
地主:なるほど。
見落としがちな「身元引受人」
畠中:あと見落としがちなのが、身元引受人や連帯保証人の話です。身寄りがいない人の場合、身元引受人*4を引き受けてくれる人が身近にいませんよね。しかし、入院時に身元引受人や連帯保証人を病院側から求められることがほとんどです。
心疾患にしても脳血管疾患にしても、意識障害があると自分で指示できない・対応できないことがありますよね。全部やってくれる家族がいればいいけれども、第三者に頼まなきゃいけない方も今は多いです。
身元保証会社等と契約していない場合は、慌てて引き受けてくれる人を探さなくちゃならない。ソーシャルワーカーさんに相談して、誰にお願いするかとか決めていったりするんだけど、そういう身元保証に関する部分でもお金がかかったりします。
地主:完全に医療費だけだと思っていました……。血管の病気が家計に与える、お金的なリスクはかなり高いんですね。
急な入院に備えて、まとまったお金は必要?
地主:高額な医療費がかかるときに、「限度額適用認定証」というものが手元にないと、一度自分で立て替えなきゃいけないっていうのは本当ですか? 血管の病気だと突然だから、申請できないまま入院になる可能性がありますよね。となると、まとまった金額を手元に用意しなきゃいけない?
畠中:以前はそうでしたが、2024年12月2日にマイナ保険証(健康保険証利用登録を行ったマイナンバーカード)に切り替わりましたよね。マイナ保険証を使えば、自動的に限度額適用認定書が発行されたことになるんです。だから、マイナ保険証を持っていれば、高額療養費を申請する手続きはいりません*5。
地主:マイナ保険証にした方がいいってことですか?
畠中:年齢を重ねていくと、もういつ倒れて入院するか分からないじゃないですか。そういうリスクに備えておくためには、マイナ保険証にしておいた方がいいかなと思いますね。そしたら申請手続きなし、高額療養費の精算なしで退院できますよ!
地主:そういう備えも必要なんですね!
生活費はどうなる? 仕事を続けられなかったら
地主:退院しても、リハビリしたり後遺症が残ったり、仕事をしている人が退職するケースもありえるのかなって思うんですけど。
畠中:退職するまでいかなくとも、例えば病気が原因で歩行障害が残って、そのせいで満員電車に乗れなくて時差通勤にせざるを得ない、そうすると短縮勤務になって減収……ということもありえますよね。
地主:それはどのように補填していけば……?
畠中:会社員の人であれば、仕事を休んでいる間、具体的には休業4日目から通算で1年6カ月は傷病手当金がもらえます。けれども、こういう短縮勤務になった時の減収を補う方法は特にないですね。
地主:仕事によっては続けることができなくて、もう辞めるしかないこともあると思うんですが、それはもう仕方ないって感じなんですかね?
畠中:そうですね……。血管の病気は、もしかしたらがんよりも、退職のリスクって高いんじゃないかな。
地主:例えば結婚していたとして、パートナーが病気になって介護が必要になって、そのために自分も仕事を辞めなきゃいけないみたいなことが発生すると思うんですけど。
畠中:介護離職の人、いっぱいいますよね。実際のご相談者で、家族のために介護離職をして、介護は何とか終えたけれど、その後、自分の生活が立ち行かなくなってしまい、生活保護のお世話になっている方が何人かいらっしゃいます。介護をしていると、貯金が減っていくのも不安だと思います。
地主:ちなみに、私はフリーランスなんですよ。正直、病気になったら終わりなんです、収入なくなって。
畠中:自営業の場合、本当にね……。一部の国民健康保険組合を除くと、国民健康保険の制度には傷病手当金がないですからね。自分が病気になっても大変ですし、家族が病気になって介護が必要になっても介護休業や介護休暇が取れませんから、仕事の調整をして何とかやりくりするってことになっちゃいますね。
地主:フリーランスの場合は特に何もないんですね……。
畠中:私も自営業だから、ないない状態で生きてきましたよ!
地主:畠中さんは会社に勤めた経験は?
畠中:1日も勤めたことない!
地主:一緒だ!
畠中:フリーランスの場合は、民間の保険で就業不能保険というのに加入しておくのがいいかもしれませんね。
地主:ずっと保障してもらえるんですか?
畠中:70歳くらいまで長期保障してくれるものもありますよ。数千円で加入できると思います。ちょっと調べてみますね
地主:ありがとうございます!
血管の病気に備えるにはどうしたらいいの?
地主:病気への備えはやっぱり貯金ですかね?
畠中:そうですね、先ほどもお伝えした通り、医療費として200~300万円ぐらいは貯金しておいた方がいいと思います。やっぱり病気ってね、いつなるか自分で計画できないじゃないですか。
それでいて病気になったら、どうしても減収傾向になってしまう。民間の医療保険でカバーしつつ、医療費用に貯金もしておいた方がいいですね。ちなみに、その方の状況や考え方にもよりますが、医療保険は基本的にはシンプルなものでいいです。入院、手術、先進医療、できれば抗がん剤の保障もあると安心かな。
地主:貯金300万円か……。
畠中:あとはもう、病気にかからないように気をつけることですよね!
実は私、お恥ずかしいことに糖尿病なんですよ。健康診断を受けたら、先生が驚いて今日からすぐにインスリン注射を打ってくださいって言うぐらいの悪い数値が出ちゃって。本当に笑っちゃうぐらいひどかったの。でも、インスリンは打たずに投薬治療と、生活習慣に気を付けたら、1年ぐらいでわりと普通の数値になっちゃって、先生も逆に驚いていました。
地主:どうやって?
畠中:それまでめちゃくちゃな時間に食事したりしていたから、まずは食事の時間とか食べる順番とか気を付けてましたね。
地主:すごい! ただ野菜も果物もいま高いんですよね……。
畠中:そうなんですけどね。食費を節約しようと思うとどうしても栄養バランスが崩れちゃうんですよ。食費の節約は、糖質過多になりがちだから、ファイナンシャルプランナーとして家計診断していると、やっぱりそういうのが気になっちゃってね。
地主:医療費のために300万円貯めなきゃいけないけど、そのために食費を削って健康を損なったら意味ないですよね。といっても本当に食材が高いんですけど。健康に影響がない節約ってないですか?
畠中:今はYouTubeとかで体操とかヨガとか教えてくれる動画がありますよね。そういうものは結構役に立つんじゃないかな。
地主:運動して生活習慣を変えることが一番の節約になる?
畠中:そうですね。そのためにジムに通うってなるとお金がかかるけど、家でやればお金もかからない!
地主:歩くのは0円でできますね!
畠中:あとはやっぱり健康診断は大事!
地主:健康診断はマメに受けた方がいいですか?
畠中:そうですね。受けた方がいいと思う! 私もあのとき健康診断を受けていなかったら、糖尿病が一気に進んで、最悪の場合は失明していたかもしれない。本当にそのくらい数値が悪かったので。そうしたら、今の仕事はもちろん続けられなかったでしょうね。
あとは生活習慣。きちんと改善すれば、リスクは減らしていけます!
地主:一年で数値を元に戻した方なので、説得力がありますね!
病気にならないのが一番
地主:最後にまとめさせていただくと、医療費用に1人200~300万円の貯金を持っておくこと、生活習慣を改善すること、健康診断はマメに受けること。こうですね。
畠中:そうですね。
地主:ちなみにいま物価高じゃないですか? 貯金額の200~300万円という目安の金額もどんどん上がっていくことは考えられますか?
畠中:うーん。でも、上げてもしょうがないもんね。ただ、このくらいは蓄えがあったほうがいいと思った方がいいです。急な病気以外にも、保険適用外の手術をするかもしれないし。例えばインプラント治療とか、白内障の多焦点眼内レンズの手術とかね。
地主:なるほど。
§
畠中さんにお話を聞いて、血管の病気になった場合のお金のかかり具合が分かった気がする。保険には入っている必要はあるし、200~300万円の貯蓄も必要だ。それは頑張るしかないけれど、さらに頑張るのは日頃の生活。野菜と果物などバランスよく食べることだ。もちろん運動も。
未病の状態を保つことがまず大切なので、そこも忘れずに心がけたい。
ちなみに、畠中さんは、横浜DeNAベイスターズの大ファンで、五十肩なのに、日本シリーズの優勝決定戦を見に行って、バンザイしすぎて悪化したそうだ。
今回は心筋梗塞を含む心疾患や、脳卒中を含む脳血管疾患など、血管の病気になってしまったときにかかるお金について、畠中雅子さんに教えていただきました。
病気にならないためには、まず健康診断を受けて、その結果にきちんと向き合い、生活習慣を改善するところから。
「NEC 健診結果予測シミュレーション」では、健康診断データをAIで分析、将来の健康状態を予測することが可能。過去の膨大なデータの傾向をもとに、将来の検査値予測ができるだけでなく、疾病リスクや生活習慣改善シミュレーションも行えます。
※個人向けではなく企業や健診機関、自治体向けのサービスです
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取材・構成:地主恵亮
インタビューパート撮影:関口佳代
編集:はてな編集部
*1:厚生労働省「令和5年(2023) 人口動態統計月報年計(概数)の概況」より
*2:脳血管性認知症とは、脳の血管障害でおきる脳梗塞や脳出血によって起こる認知症のこと。(脳血管性認知症 | 健康長寿ネットより)
*4:疾病により判断能力が不十分な人にかわって、入院費用の支払い、緊急時の連絡等の役割を果たす人。(厚生労働省「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」より)
*5:オンライン資格確認を導入していない医療機関等での受診や、協会けんぽにマイナンバーの登録が行われていない場合は従来通り、限度額適用認定証の申請が必要です。(マイナ保険証または限度額適用認定証をご利用ください | 広報・イベント | 全国健康保険協会より)