33歳で脳梗塞を発症した経験を持つ、漫画家のあやめゴン太さん。その原因の一つとして考えられるのが、睡眠不足と不規則な生活でした。
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忙しさのあまり睡眠時間を削ってしまう経験は、多くのビジネスパーソンにとって身に覚えがあることでしょう。しかし、あやめさんが経験されたように、過度な睡眠不足は、脳梗塞をはじめさまざまな疾患を引き起こす要因になる可能性があります。
今回はそんなあやめゴン太さんと、NECソリューションイノベータが提供するスマートフォンアプリ「睡眠日誌」の開発にも携わっている東京家政大学人文学部心理カウンセリング学科 教授の岡島義先生に、睡眠の重要性や改善方法について語り合っていただきました。
目次
脳梗塞を発症する前から、睡眠不足で体に変調をきたしていた
──あやめさんは以前のインタビューで、脳梗塞発症の最も大きな要因として「睡眠時間をきちんと取らなかったこと」を挙げておられました。脳梗塞を発症するまでの間に、体調の変化は感じていたのでしょうか。
あやめゴン太(以下、あやめ):当時はとても忙しく、なかなか睡眠を取れない日が続いていました。そうすると、頭がボーっとして物事をちゃんと考えることができなくなって。いつもやっていたはずのことでも「手順はどうだっけ?」と戸惑ったり、判断が難しくなったり。文章を読んでいて頭に入ってこないこともありました。
岡島義(以下、岡島):ちょっとした睡眠不足くらいではそこまで体調に影響が出ないと思うので、おそらく当時のあやめさんは、慢性的に睡眠不足が続いていたのではないでしょうか。
あやめ:そうかもしれません。当時はシステムエンジニアとして働いていたのですが、ちょうど仕事のスタイルがシフト制に変わって、私は朝も夜も関係なくシフトに入っていたので、リズムを崩してしまったのだと思います。
岡島:しかも、その中で漫画を描く時間も捻出されていたんですよね?
あやめ:はい。仕事から帰ってきたら机に向かって漫画を描いて、眠くなったら床で寝て、起きて仕事の準備をしてまた出勤、みたいな生活をしていました。
岡島:床でですか!?
あやめ:布団で寝てしまうと本格的に眠ってしまって、漫画を描く時間が作れなくなるような気がして……。
岡島:途中で起きられず、仕事に行けなくなることはなかったですか?
あやめ:それはなかったです。逆に「仕事に行かなきゃ」という焦りで寝付けないことはありました。
岡島:それはもう、鉄のような意志の強さだったのでしょうね。
「寝だめ」はできない。40分の睡眠不足を取り返すのに3週間かかるというデータも
──岡島先生にお聞きします。一般的に睡眠不足になると、どのような症状が表れるのでしょうか。
岡島:最初の1〜2日は眠気が続くのですが、その後は眠気を感じにくくなっていくというデータがあります*1。一方で、眠気とは関係なくパフォーマンスはどんどん落ちていくんですね。また、頭痛などの身体症状が出ることも多いです。
あやめ:私も頭痛になることがあったんですが、もともと偏頭痛持ちだったので、睡眠不足が原因とは思わなかったです。痛みもけっこう我慢してしまう方で。
岡島:もともと頭痛持ちだと、見逃してしまいそうですね。睡眠不足のせいでパフォーマンスが落ち、仕事でミスをしてしまうようなことはなかったですか?
あやめ:よくありました! そのミスを取り返そうとがんばるのですが、睡眠不足が続いていると結局うまくいかないんです……。
──あやめさんは当時、睡眠時間が3時間くらいしか取れていなかったそうですね。それも床で寝ているとなると、睡眠の量だけでなく「質」も良くなかったのではないかと。
あやめ:そう思います。寝てもすっきりしない感じが続いていました。
岡島:ちなみに休日はどうされていたんですか?
あやめ:休日は漫画を描く作業にあてていましたが、それ以外の時間はもう、ひたすら寝ていましたね。
岡島:平日の睡眠時間から回復するために休日を使って、そして平日はまた睡眠時間を削るという生活をされていたわけですね。
──よく睡眠不足の方が「週末に寝だめする」なんて言いますよね。
岡島:そうですね。でも私は「寝だめ」という表現はあまり良くないと思っています。というのも、睡眠を“ためる”ことはできないからです。週末にたっぷり寝ても、それはただ、そこまでの睡眠不足を解消しているだけなんですよ。
しかも、休日に突然長く寝ると体内のリズムが狂って、今度は平日に調子が悪くなってしまったりもします。根本から睡眠不足を解消するには、結局のところ「平日もきちんと寝る」しかないんです。
スタンフォード大学で実践された面白い研究があります。「睡眠不足を解消するために、どれくらいの睡眠時間が必要か」を調査したところ、40分の睡眠不足を取り戻すのに、毎日14時間ベッドにいる状態を約3週間続ける必要があったそうです*2。
あやめ:そんなにですか!?
岡島:睡眠不足とは、それくらいの負債を抱えるということなんです。一方で心理学の観点からアプローチした場合、睡眠時間を削ることは、一概に悪いとは言えないんじゃないかと、私は思っています。
──それはどういうことでしょうか?
岡島:例えば、あやめさんは漫画家になりたいという強い思いがあって、睡眠時間を削ってでもエネルギーを注いでいたわけですよね。
自分の好きなことに時間を使いたいから、睡眠時間を削るという考え方も、私はあっていいと思うんです。それくらいの情熱をかけて、自分の人生を全うするのも大切なことではないでしょうか。
とはいえ、体に影響が出るほど限界を超えてしまうのは、さすがに良くないと考えています。
あやめ:本当にそうですね。いくら好きでやっていても、体は正直に信号を発してくるわけですから。
睡眠改善の工夫、何が自分に合うかは人それぞれ
──あやめさんは現在、睡眠について気を付けていることはありますか。
あやめ:脳梗塞を発症して以来、夜は遅くても24時には寝るようにしています。ただ、最初のうちは寝付けないこともあって、布団に入ってから1〜2時間、下手すると3時間くらい、目が冴えたままゴロゴロしてしまうこともありました。
それなのにどんなに遅く寝ても朝は6時か7時には起きるサイクルが体に染み付いていたので、結局3時間しか眠れないという日もあったんです。
岡島:常に脳が“戦闘態勢”に入ってしまっており、布団に入ってもなかなか寝付けないという人は少なくありません。しかも、寝付けないことで余計に焦って眠れなくなったりもします。
私は睡眠は1日単位ではなく、1週間くらいで考えればいいと思っています。寝付けない日があればその日はもう仕方ないと考え、別の日にしっかり眠る。ただし、リズムが崩れないように、起きる時間は変えないようにします。
心理的なストレスなどと関連して生じる不眠で、症状の持続期間が3カ月に満たないものを「急性不眠*3」と呼びます。以前のあやめさんが仕事の時間になるとパッと目が覚めていたというのは、おそらく急性不眠ではないかと思います。この状態は通常、1〜2カ月くらいで収まって自然なリズムに戻っていくのですが、それが戻らなくなると慢性不眠という状態になります。
──あやめさんはその後、寝付きを改善するために何か工夫されたのでしょうか。
あやめ:睡眠導入薬を処方していただき、現在も続けています。それを飲むと、30分くらいでスッと眠りに入れるんです。
岡島:ちゃんと量を守れば睡眠薬は心強い味方ですから、良いと思います。
あやめ:それ以外でも、すんなり眠るために自分なりの工夫をしています。例えば、お風呂では湯船に浸かって体をリラックスさせたりとか、運動して体を疲れさせたりとか、枕をオーダーメイドで作ったりとか。
岡島:良い対策だと思います! 逆に、試してみたけれどうまくいかなかったというものはありますか?
あやめ:「足の裏にカイロを貼るとポカポカして眠れる」と聞いたことがあってやってみたのですが、私には暑過ぎてダメでした(笑)。
人によって、向き不向きはありますよね。私も40歳を過ぎて、若い頃はうまくいったけれど今は合わなくなった方法もあったりします。年齢に合わせて、睡眠のやり方も変えていかないといけないなと思っています。
岡島:その柔軟な考え方はすばらしいです! たしかに睡眠のグッズやノウハウは、人によって全く効果が違うんです。例えば、よく「枕や寝具を替えた方がいいですか?」と質問されるのですが、私の中では正直「分からない」というのが答えです。
あやめ:それこそ、人によりそうですよね。
岡島:きっとその質問をされる方は「替えた方がいいですよ」という答えがほしいんですよね。それでがっかりされて、私も申し訳ない気持ちになって、お互い傷ついて終わるという(笑)。
あやめ:万人に当てはまる解決策はないということですね。
岡島:そうですね。そんななかで、より多くの方に効果が出る方法だと私が考えているのが「不眠のための認知行動療法」です。
「横になっていれば体は休まる」は嘘? 効果的に睡眠を取る「睡眠スケジュール法」
──不眠のための認知行動療法とは、どのような考え方でしょうか。
岡島:まず「認知行動療法*4」とは、人の普段の行動や考え方は過去の経験や習慣によって形づけられているので,そこに働きかけようとする心理療法です。
これを応用して「もしこれまでの習慣の中で眠れなくて悩んでいるのであれば、あらためて良い習慣を身に付けていきましょう」と提案するのが、不眠のための認知行動療法です。カウンセラーが一緒に伴走しながら改善を目指します。
ただ、あくまでも目的はその方が“ハッピー”になることなので、仮に十分眠れなくてもそんなに支障がないようであれば、それはそれでいきましょうとなることもあるんです。
あやめ:面白い考え方ですね。
岡島:なかでも特に効果が期待できるのが「睡眠スケジュール法」です。よく「眠れなくても、とりあえず横になっていれば体は休まる」といわれますよね。実はそれはどうも違いそうだということが、認知行動療法の研究では指摘されています*5。
あやめ:えっ、そうなんですか!?
岡島:はい。そして眠らなければ体が回復しないということは、逆にいえば“実際に体が眠る時間分だけ布団に入ればいい”ということになるでしょう。
睡眠スケジュール法は、寝床にいる時間と実際の睡眠時間が乖離(かいり)している場合に、実際の睡眠時間程度を臥床時間(ベッドや布団の上で横になっている時間)とすることで効果を出す方法です。
例えば10時間布団に入っていたとしても、そのうち6時間しか眠れなかったなら、寝付けなかった時間が4時間もあったことになります。睡眠の観点ではその4時間は休息していない上、寝付けなかったことが気になってしまい、もっと眠れない悪循環に陥る可能性もあります。
それなら、実際に眠れる6時間程度(+30分が目安)だけを睡眠用に確保すればいいのです。そうすれば隙間時間ができず、睡眠の質の向上も期待できます。
あやめ:そうなると、私は24時に寝て朝の7時にすっきり起きる感じの生活ができているので、それが最適な睡眠スケジュールなのかもしれませんね。
岡島:そうですね。日中に支障が出るほどの眠気が来なければ、それがぴったりなんだと思います。ちなみに日中にどうしても眠くなる時間があるのは、睡眠のリズムとしては正常です。人はだいたい13時から16時ごろの間に一度は強い眠気が来るといわれています*6。
あやめ:そういえば私はなぜか、漫画を描こうとして机に向かうと、作業を始めて10分後に必ず一度眠気がくるんですよ。その場合、脚がむくまないよう椅子に脚を乗せて、15分くらい仮眠を取るようにしています。すると、すごくすっきりするんです。

岡島:それは興味深いですね。眠気の理由は分かりませんが、15分仮眠を取るというのはすばらしい方法です。というのも、15分程度であれば深い眠りに入る前に起きられて、眠気だけを飛ばせるんです。
これが30分くらいになると深い眠りに入ってしまって、そこで目覚めてしまうと「睡眠慣性」という状態に入ってしまいます。慣性の法則のように、一日中眠気が続いてしまうんです*7。
あやめ:無意識でしたが、良いやり方で仮眠できていたんですね。
──ここまでのお話を聞いていると、あやめさんはご自身にとって最適な睡眠を見つけ出しているように思いますが、逆に課題に感じていることはありますか?
あやめ:最近どうも朝にスッと起きられないことが増えてきたんです。何か対策はあるでしょうか?
岡島:午後に向かって段々とだるさや眠気が引いていく場合は、もしかすると睡眠薬が効き過ぎているのかもしれませんね。体に薬が残っていると、目は覚めるけれど体は起きないという感覚になることがあります。医師に相談して、薬の量を少し減らすことを検討してもいいかもしれません。
記録を付けることで、自分の睡眠の特性に気付ける
──自分にとって最適な睡眠時間を探るというやり方は、非常に興味深いです。そのためにはまず、自分の睡眠の特性を知るところから始めるべきでしょうか。
岡島:そうですね。自分自身の睡眠を分析するために、記録を付けるといいでしょう。睡眠の記録については、ウェアラブルデバイスなどを使って自動で行う方法と、手動で記録をつける方法があると思いますが、私がおすすめしたいのは後者です。
手動で記録を付けるのは面倒ではあるのですが、だからこそ、自分ごと化できて理解が深まると考えています。
──睡眠状況の記録を行うシンプルなツールとして、先生が開発に関わっているNECソリューションイノベータの提供するサービス「睡眠日誌」がありますよね。


「睡眠日誌」は、NECソリューションイノベータが提供する、睡眠習慣の改善を支援するスマートフォンアプリ。毎日の睡眠を記録して睡眠状況を確認できるほか、アプリ内の「快眠のヒント」から得た知識をもとに記録した睡眠状況を振り返ることで、よりよい睡眠習慣を見つけ出すことができる。
岡島:睡眠日誌はまさに手動で睡眠を記録し、自分ごと化して改善につなげられるサービスですね。記録を付けていると、意外な発見があったりするんですよ。自分はいつもこの時間、布団に入っているけれど、寝付く時間はもっと後だなとか。体が眠りに入る時間がいつもここなら、布団に入る時間はもう少し後でもいいかなとか。
いろいろな気付きにつながるので、睡眠の改善をしてみたいという方には、ぜひ使ってみていただけたらと思います。
あやめ:私も自動で睡眠を記録してくれるアプリを使っていたことがあるのですが、続かなくて。自分で意識して記録を付けた方が、睡眠の質を高める工夫につながるのかなと思いました。
今回はあやめゴン太さんと岡島義先生に、睡眠の大切さと、自分に合った睡眠の習慣を見つける方法について語っていただきました。
現在のご自身の睡眠について知る上では、NECソリューションイノベータが提供するアプリ「睡眠日誌」が役立ちます。詳しくは下記のページをご覧ください。
取材・構成:山田井ユウキ
撮影:小野奈那子
編集:はてな編集部
*1:参考:「Article Navigation Journal Article The Cumulative Cost of Additional Wakefulness: Dose-Response Effects on Neurobehavioral Functions and Sleep Physiology From Chronic Sleep Restriction and Total Sleep Deprivation」
*2:参考:スタンフォード大学医学部精神科教授 同大学睡眠生体リズム研究所所長 西野精治教授監修「健康になる眠り方[PDF]」
*3:参考:厚生労働省「解説書 良い目覚めは良い眠りから 知っているようで知らない睡眠のこと[PDF]」
*4:参考:認知行動療法センター「認知行動療法(CBT)とは」
*5:参考:「Dismantling Multicomponent Behavioral Treatment for Insomnia in Older Adults: A Randomized Controlled Trial 」
*6:参考:「健常成人が感じる昼間の眠気とその対応について」
*7:参考:公益社団法人日本心理学会「授業中の居眠り[PDF]」