なぜ運動が糖尿病の予防に効果的なのか~運動量と糖尿病の発症に関係しているタンパク質~


本メディアの運営会社フォーネスライフのCTOであり、東北大学で客員教授も務める和賀巌がタンパク質測定技術SomaScan®を活用した世界の論文を紹介します。

和賀巌さん 近影
和賀 巌(わが・いわお)

フォーネスライフ株式会社CTO、NECソリューションイノベータ株式会社シニアフェロー。東北大学産学連携機構客員教授。東北大学医学研究科客員教授。東京大学医学部細胞情報学にて医学博士を取得。

1985年よりJT日本たばこ中央研究所で医薬事業部門の立ち上げに関わる。2003年には米国バイオスタートアップの事業開発部長としてIPOにも貢献。2004年よりNECグループで新規事業やスタートアップ出資、海外ヘルスケア事業構築に従事。米国で研究が進んでいたアプタマー技術への研究投資と、同技術を活用した疾病リスク予測ビジネス立ち上げに参画。2020年のフォーネスライフ設立より現職。2021年より科学技術振興機構未来社会創造事業運営統括業務も兼任。国立科学博物館でも展示された「光る花」の開発にも参加。


糖尿病は、血液中の糖分が正常に利用されない状態で、世界中で約5億人以上が罹患していると推定される*1重大な疾患です。糖尿病になると、一般的に心臓病や腎臓病などの合併症のリスクが高まると言われています。糖尿病の原因は、食事など生活習慣と言われていますが、運動不足は重要な危険因子のひとつです。しかし、なぜ運動が糖尿病の予防に効果的なのか、そのメカニズムはまだ十分に解明されていませんでした。そこで、ミネソタ大学のブライアン・ステファン博士が筆頭著者となった研究が行われました。このチームは、アメリカ国立衛生研究所(NIH)の支援を受けて、世界的にも有名なアテローム性動脈硬化リスクコミュニティ研究(ARIC)という大規模な疫学調査のデータを用いて、糖尿病と運動効果に関するタンパク質のプロファイルを分析しました。

タンパク質は、私たちの体の構成要素であり、さまざまな生体機能を担っています。タンパク質の種類や量は、私たちの健康状態や生活習慣によって変化します。そのため、タンパク質のプロファイル(種類と量のパターン)を分析することで、病気の診断や予防の手がかりを得ることができます。
ARIC研究では、1987年から2017年までの30年間にわたって、アメリカの4つの地域で健康調査を受けた約1万人の成人を対象にしました。この調査では、参加者の運動量や血糖値などのデータが定期的に記録されていました。研究チームは、このデータと、1993年から1995年に採取された参加者の血液サンプルを用いて、約5,000種類の血液中のタンパク質のプロファイルと糖尿病の発症の関係を調べました。

その結果、血液中に含まれる約5,000種類のタンパク質のうち、92種類が日常生活の中で定期的に行われる運動や活動と相関していることがわかりました。 つまり、運動量が多い人ほど、ある種類のタンパク質が多く、別の種類のタンパク質が少なくなっていました。さらに、その中の10 種類のタンパク質が、24年間のフォローアップでも糖尿病の発症とも相関していることがわかりました。それらは、MXRA8、Neuronal growth regulator 1 (NeGR1)、Anthrax toxin receptor 2、EHMT2、Endosialin、NHRPA2B1、DNAJB9、Thrombospondin 2、Retinol-binding protein 5、Serine protease HTRA1でした。

これらのタンパク質は、運動によってその量が変化し、糖尿病の発症に影響を与える可能性があるということです。しかし、これらのタンパク質がどのようにして運動と糖尿病の関係に関与しているのか、そのメカニズムはまだ不明です。研究チームは、今後の研究で、これらのタンパク質の働きや相互作用をさらに調べることで、運動と糖尿病の関係をより深く理解することを目指しています。

この研究で最も注目すべき発見は、運動量と糖尿病の発症の両方に強く関連していたタンパク質があったということです。そのタンパク質の名前は、神経成長調節因子1(Neuronal Growth Regulator 1, NeGR1)といいます。NeGR1は、主に神経細胞の成長や分化に関与するタンパク質で、脳や筋肉などにも存在します。この研究では、運動量が多い人ほど、血液中のNeGR1の量が高く、糖尿病になりにくいことが示されました。逆に、運動量が少ない人ほど、血液中のNeGR1の量が低く、糖尿病になりやすいことが示されました。

このことから、研究チームはNeGR1が運動と糖尿病の予防に重要な役割を果たしている可能性があると考えました。具体的には、運動によって筋肉や脳からNeGR1が分泌され、血液中に流れ込みます。そして、NeGR1が血糖値を下げる効果を持つインスリンと協力して、糖尿病の発症を防ぐという仮説を立てました。この仮説を検証するためには、さらに詳細な実験が必要ですが、もし正しいとすれば、NeGR1は糖尿病の新たな治療法や予防法の開発に役立つかもしれません。

今回の研究では、運動が糖尿病の予防に効果的であることを科学的に裏付けるとともに、その理由を探るための新しい手がかりを提供しました。運動は、私たちの体にさまざまな影響を与えることがわかりました。運動は、私たちの健康を守るために必要なことであると再認識するとともに、運動によって変化するタンパク質のプロファイルを分析することで、糖尿病の予防や治療に役立つ新しい知見を得ることができるかもしれません。

運動が糖尿病の予防に効果的な理由を探るために、血液中のタンパク質のプロファイルを分析するという新しいアプローチを取りましが、このアプローチによってNeGR1という新しい発見がなされました。それ以外にも、運動と糖尿病の関係に関与する可能性のあるタンパク質が多数見つかりました。

これらのタンパク質は、糖尿病の診断や予防のためのバイオマーカー(生物学的指標)として、将来的に有用になるかもしれません。また、これらのタンパク質の機能や調節を操作することで、糖尿病の治療法や予防法の開発にも貢献するかもしれません。

研究の結果は、以下の文献にまとめられ、2024年2月に発行された「糖尿病」(Diabetes)という学術雑誌に掲載されました。


文献:Plasma Neuronal Growth Regulator 1 May Link Physical Activity to Reduced Risk of Type 2 Diabetes: A Proteome-Wide Study of ARIC Participants
Diabetes. 2024 Feb; 73(2): 318–324. Published online 2023 Nov 7. doi: 10.2337/db23-0383




今回は糖尿病と運動効果に関するタンパク質のプロファイルを分析した研究についてご紹介しました。

下記の記事では、本記事で紹介した研究でも活用しているタンパク質測定技術SomaScan®を活用した疾病リスク予測サービス「フォーネスビジュアス」を紹介しています。
約7,000種類のタンパク質を一括解析し、将来の認知症発症リスクや糖尿病に関わりの深い耐糖能(血糖値の上昇を抑える働き)の現在の状態を可視化します。
こちらもぜひあわせてお読みください。

約7,000種類の血中タンパク質を解析し、将来の疾病リスクを可視化

タンパク質が教えてくれる ─「誰も病気にならない未来をつくる」技術をCTOが語る

構成:和賀巌
編集:lala a live編集部