いとうまい子さんに聞く、健康に歳を重ねるための秘訣「老いを受け入れることで前に進める」

いとうまい子さん

年齢を重ねていく中、体力や気力の衰えは多くの人が感じるもの。若い頃にはなかった体調の変化を感じ、心身ともに健やかにい続けることを難しく思う人も少なくないのではないでしょうか。

いとうまい子さんは俳優・テレビタレントとして活躍する傍ら、大学院で「老化学」について研究しています。45歳の時に予防医学を学ぶために大学へ通い始め、さまざまな学問分野での研究や開発など、精力的に新たな道を切り開かれている姿が印象的です。50代を迎えた今もなお、心身ともに充実しているようにお見受けします。

加齢による衰えや変化は、誰しも避けることができません。いとうさんはそうした変化にどう向き合い、いかに自分なりの健康を保っているのでしょうか。健やかに歳を重ねるためのマインドについて伺いました。

いとうまい子さん

いとうまい子さん

俳優・研究者。1964年生まれ。1983年アイドル歌手としてデビュー。翌年、ドラマ『不良少女とよばれて』に主演し、大きな話題に。現在はドラマや映画にも出演する傍ら、東京大学大学院農学生命科学研究科と抗老化学を共同研究するなど研究者としても活動中。2019年よりAIベンチャー、エクサウィザーズのフェローに就任。
Twitter:@maimai818

周囲の声に耳を傾けたことがロボット工学の道につながった

──はじめに、いとうさんが予防医学に関心を持たれたきっかけから教えてください。

いとうまい子さん(以下、いとう):もともとのきっかけは、十数年前に文科省が主導する「オーダーメイド医療」のプロジェクト*1に、ナビゲーター役として関わらせていただいたことです。当時、プロジェクトリーダーだった医師の方から「治療は大事だけれど、そもそも病気にならないために、健康な状態を長く保つことを考えなければいけない」というお話を伺いました。

実際のところ、日本では健康寿命と平均寿命の間に男性で約9歳、女性で約12歳ほどの差が今もあります。*2つまり、その間は寝たきりになってしまうなど、QOL(生活の質)が低い状態になってしまうことも多いわけですよね。ただ、日本では国民皆保険制度(国民全員を公的医療保険で保障する制度)が整っていることもあり、たとえ病気になったとしても治療費に保険が適用されるため、なかなか予防に目が向けられないと。それを聞いて、私自身も予防の大切さに気が付いたんです。

──それで、大学で予防医学を学ぼうと?

いとう:いえ、その時はまだ大学に行ってまで学ぼうとは考えていませんでした。ただ、それから年齢を重ねるにつれて今までお世話になった方に「恩返し」がしたいと思うようになったんです。

私が10代の頃に芸能界デビューして以来、長くお仕事を続けられてきたのは本当にあらゆる人たちのおかげ。周囲のスタッフの方々はもちろん、テレビ番組に出て出演料をいただけるのもスポンサーになっていただく企業があってこそです。もっと言えば、その企業の商品を買ってくれる人たちがいるから、生きていける。

そう思うと、全く見ず知らずの方々に対しても、感謝の気持ちが湧き上がってきました。ここで恩返しをしなかったら、バチがあたるんじゃないかと。

とはいえ、私は高校を出てすぐに芸能界に入り、すごく小さな世界の中で生きてきたこともあって、恩返しをするための知識やスキルを持っていません。その土台をつくるために大学に入って学びたいと思いました。

大学院の学位授与式に出席するいとうさん
大学院の学位授与式に出席するいとうさん

──その土台づくりのテーマに予防医学を選ばれたんですね。

いとう:はい。QOLに大きく影響する予防医学について学び、多くの方にその大切さをお伝えするメッセンジャーになれたらいいんじゃないかって。それで、45歳の時に早稲田大学のe-スクール*3に入学しました。

……ただ、3年生になる前のゼミを取る段階になって、私が教わりたいと思っていた予防医学の先生が退任されることになってしまったんです。途方にくれていた時に、仲の良かった20歳の同級生が「ロボット工学」のゼミをオススメしてくれて。実際に入ってみたら面白くて、今度はロボット工学の方にのめり込んでしまいました。

──予防医学からロボット工学となると、方向性が大きく変わってきますよね。

いとう:私も最初はそう思っていましたが、学んでいくにつれ予防医学とロボット工学はとても相性が良いことが分かりました。特に、ロコモティブシンドローム(※移動するための能力が不足したり、衰えたりした状態。*4以下「ロコモ」)の予防にロボットが役立つと知って「なんだ、もともと私がやりたかった予防医学とつながっているじゃないか」と。

実際、大学在学中にロボットを使って正しいスクワットができるようにする「ロコピョン」を開発するなど、予防医学の取り組みにつなげることもできました。

──自分にはどうにもならないことで計画変更を余儀なくされても、決して志が折れない。いとうさんはとてもポジティブですね。

いとう:もちろん、研究者の方であれば、取り組んできたテーマを変えるなんてご法度だと思うんですけど、私は研究者を目指していたわけではありませんから。目的はあくまで恩返し。それが果たせるなら、路線を変更することにさほどの抵抗はありませんでした。

それに、私は芸能界に入ったときに、「業界に流されないぞ」と頑なになっていたところがあって、周囲との摩擦が起きたり、苦労することも少なくなかったんです。だから、せっかく大学という新しい環境に行くのだから、今度は周囲のアドバイスを素直に受け入れてみようと。

もちろん、周りとの年齢差はありましたし、居酒屋に行ったときに「こんな山盛りの唐揚げを食べるのか!」とか、そういう驚きはありましたけど(笑)、大学という環境では同じ立場ですから、「年上だから」とかは気にせずに周りの意見に耳を傾けました。

その結果、思わぬところで予防医学とロボット工学が結びついた。ロコモを知ったのも、同じゼミに所属していた整形外科の先生との出会いがきっかけです。このときの経験から、もともと思い描いていた道が閉ざされても、また違うところに目線を向けてみればいいじゃないか、と教わったような気がします。

──ちなみに、現在はどのような研究をしているのでしょうか?

いとう:今は博士課程に進み、「基礎老化学」*5を専攻しています。今度は生命科学の分野から予防医学にアプローチしてみようと。

また、大学院での研究とは別に、ロコモ対策の啓発も続けていきたいと思っています。コロナが広がる前は、高齢者施設に「ロコピョン」を導入し、楽しみながら正しいスクワットを続けてもらう取り組みにも注力していました。今はいったんストップしているのですが、いつか再開したいですね。

加齢による変化は「しょうがない」と受け入れることで、前に進める

──いとうさんご自身は、加齢にともなう心身の変化や衰えに、どのように向き合っていらっしゃいますか?

いとう私の場合は45歳を過ぎたくらいから、ゆるやかに身体の変化を感じるようになりました。例えば、それまでと同じ内容の食事を摂っているのに、お腹周りに脂肪がつきやすくなったりして。50歳を超えると、それがさらに顕著になり、運動をしても痩せなくなりましたね。

でも、それは私に限らず、年齢を重ねていけば誰しもが何かしらの変化を感じるもの。私はどちらかというと、そこで思い悩んだりはせず「まあ、しょうがないよね」と、すぐに受け入れてしまいます。むしろ悩んだ方がストレスを生み、大きな病気につながってしまうかもしれませんから。

ただ、受け入れるといっても、何もしないわけではありません。スクワットをしたり、意識的に歩く時間を増やしたり、できることから始めています。いったん衰えや変化を受け入れることで、初めて前に進める気がするんです。

──確かに衰えを感じているのに「私はまだまだ大丈夫!」と抗うよりも、早めに変化を受け入れて対策を始める方が、結果的に健康寿命を伸ばすことにつながりそうです。

いとう:そう思います。もちろん、自分のありのままを受け入れるのは難しいことです。私自身も20代の頃は世間から求められるものと本当の自分との間にギャップを感じて、そのままの自分らしさを受け入れられなかった。大人っぽく見られようとメイクを工夫したり、好みではない服装を試してみたりもしました。

でも、30歳の時にすっぱりと思い悩むのをやめたんです。「自分は自分でしかない。もう、世間の目を気にして無理をするのはやめよう」って。それからは、人生がめちゃくちゃ楽しくなりました。しかも、30代よりも40代、40代よりも50代と、私の人生はずっと右肩上がりなんです(笑)。

加齢による変化も同じで、早めに受け入れれば受け入れるほど必要な対策を講じることができて、残りの人生をポジティブに送れるような気がしますね。

「予防医学」と「テクノロジー」をつなぐ架け橋に

──いとうさんは自らもロコモ対策に取り組まれているということですが、ご自身だけでなくご家族や身近な人にも長く健康でいてもらうために、何か一緒に取り組んでいることはありますか?

いとう:もちろん、家族には健康に気をつけてほしいと願っていますが、これがなかなか難しくて……。結局、人って誰かに言われても動かないんですよね。夫はメタボ気味なので「一緒に歩こうよ」としつこく誘ってみるんですが、何だかんだと理由をつけて逃げられてしまいます。

今年の2月に他界した母も、亡くなる1年前までは普通に動けていたんです。ただ、私が「筋力が衰えているからスクワットをやってね」と何度言ってもやりませんでした。だから、どうすれば人に動いてもらえるかというのは、私にとっては大きなテーマですね。

──結局のところ本人がやる気になるしかないのかもしれませんが、衰えを感じていても普通に歩けているうちは、危機感を持つことが難しそうです。

いとう:とはいえ、寝たきりになってからでは遅いので、何としてでも筋肉の貯蓄、つまり「貯筋」をしてほしいんです。

ロコピョンを開発したのも、そんな思いからでした。高齢者に運動を促すために、離れて暮らす家族や友達が電話で呼びかける「ロコモコール」という方法*6があるのですが、人力では限界がありますよね。ロコピョンはロコモコールの代わりに、朝・昼・晩の決まった時間に音声で呼びかけてスクワットを促します。

ロコピョンの前に行くまで音が止まらないので「せっかくここまで来たんだから、やってみようか」と思っていただけるようです。実際、70代以上のご夫婦などにロコピョンを貸し出したところ、毎日楽しくスクワットを続けられるようになったというお声もいただいています。

いとうさんが開発に携わったロコモ予防のためのロボット「ロコピョン」
いとうさんが開発に携わったロコモ予防のためのロボット「ロコピョン」

──ロコピョンもそうですが、予防医学の分野ではテクノロジーによって解決できることがたくさんあるのかもしれません。

いとう:大いにあると思います。例えば、これまで看護師や医学療法士の方が手がけてきた業務の一部をテクノロジーが代替するだけでも、現場の負担は大きく軽減できます。

そういう意味でも新しい技術に対する期待は大きいのですが、悩ましいのはそうしたテクノロジーと予防医学の間には若干の距離があり、そこを結びつけられる人もなかなかいないというのが現状です。ですから、予防医学のこと、ロボットのこと、両方を多少なりとも知っている私がそういう存在なれたらいいな、という思いはありますね。

未知の世界を楽しむためなら、体力維持のモチベーションが湧いてくる

──これから60代、70代へと向かうにあたって、人生の展望のようなものはありますか?

いとう:展望は……ありません(笑)。私は、過去を振り返ることも、自分の未来についてアレコレ考えることも大の苦手。「今だけ」を生きる人間なんです。でも、だからこそ予期せぬ事態が起きたり、想定していなかった道が拓けたりした時にも、躊躇(ちゅうちょ)なく新しい世界へ飛び込めるのだと思います。

その結果、思いもよらない未来へとつながっていくのが楽しいんです。10年前は、60歳を間近にした自分が細胞培養の研究をしているなんて、全く想像していなかったですから。コロナ禍には、PCR検査の検査員として生まれて初めてアルバイトもしました。これからも、あまり未来については決めつけず、今この瞬間を大事に生きていきたいです。

東京大学の研究室にて、細胞培養の実験をするいとうさん
東京大学の研究室にて、細胞培養の実験をするいとうさん

──ただ、さまざまなことにチャレンジするには、体力も必要になります。その点について不安はありますか?

いとう:私の場合は、どちらかと言えば漠然とした不安から体力を付けようというよりも、まずは興味を持った世界に飛び込んでみるようにしています。そうすると、目の前の楽しいことを続けるためにも、「エスカレーターに乗るの、ちょっとやめておこうかな」とか、「空いた時間にスクワットしておこうかな」とか、自然と健康にも気を使うようになるんですよね。

──とても素敵な考え方だと思います。いとうさんのようなマインドを持つことができれば、日々の運動も頑張れるかもしれません。

いとう:だから、とにかく「すごく体力をつけよう」じゃなくて、まずは「現状をキープしよう」というくらいの目標設定でいいと思いますよ。無理をする必要はないと思います。そこはご自身の体力に合わせて、できることから始めてもらえたらと。私だってスクワットを始めた当初はそんなにたくさんできませんでしたが、無理なく続けていくうちに回数が増えていきました。

よくないのは、「自分はもともと体力がないから、やったって無駄」「どうせ衰えるんだから」といった決めつけで挑戦を諦めてしまうこと。自分の能力の限界を決めつけず、とりあえず興味を持ったことに取り組んでみて、楽しみながら健康のことも考えていくのが一番ではないでしょうか。

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長く健康で暮らすための「予防」の重要性について啓発し続けるいとうさん。

一方で、自身の老いに伴う衰えについては「しょうがない」と、あっけらかんとした態度で捉えているのが印象的でした。

先のことを見据えてというより、今やりたいことを続ける体力を保つため、できることをやる。それが未来の健康にもつながる。

いとうさんの、老いに抗うのではなく受け入れた上で前に進むスタンスは、晩年までポジティブに生きていきたい多くの人にとって参考になるのではないでしょうか。

取材・構成:榎並紀行(やじろべえ)
編集:はてな編集部


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