eスポーツの世界は、フィジカルスポーツより幅広い年代が活躍できるように思えますが、実際は20代から30代が中心の世界。キャリアを重ねながら若い選手とも戦い続けるには、心身のケアが重要でしょう。今回お話を伺うのは、格闘ゲームにおける日本初のプロゲーマー“ウメハラ”こと梅原大吾さん。10代で世界の頂点に立ち、2010年から現在に至るまでプロゲーマーとして世界から注目されている格闘ゲームプレイヤー。Beast(ビースト)というニックネームとともに「格ゲー界の『マイケル・ジョーダン』」と称されるレジェンドです。
現在43歳。今年は「ストリートファイターリーグ: Pro-JP 2024」(以下、SFL)に出場し、若い選手たちとも戦いながら、日々ハードな練習を重ねているウメハラさんに、これからも長く選手生活を続けるために意識していること、さらに20代の頃に介護職を経験していたからこそ考えることなどをお聞きしました。
フォーネスライフが提供する疾病リスク予測サービス「フォーネスビジュアス」では、4年以内の心筋梗塞・脳卒中など各種疾病の発症リスク・再発リスクを予測することができ、結果に応じて保健師の資格を持つコンシェルジュが、ご自身に合った生活習慣の改善方法を提案します。
目次
大会時期の練習は1日10時間。でも3日やったら必ず1日休む
── ウメハラさんがSFLに参戦されるのは、2年ぶりとなります。参加されるにあたって「(SFLに出ることの)大変さは知っている」と語られていましたが、具体的にはどのような大変さがあるのでしょうか。また、昨年出場しなかったのはなぜですか?
梅原大吾さん(以下、ウメハラ):大変なのは特に練習時間です。SFLに出るとなると、1日のうち10時間は画面に向かい、それが毎日続くようになります。その状況が5年続くとなったら自分が壊れてしまう。いや2年、3年でも無理かもしれません。それだけキツい取り組みだと感じています。
2023年に出場しなかったのは、まだ「ストリートファイター6」が発売されたばかりで、自分の納得のいくプレイができないと感じたからです。魅せられるプレイができないのに、披露する場に出ることには、個人的に納得がいかなかった。ただ、格ゲー界隈を盛り上げたいとは以前から考えていたので、自分にしかできない企画や配信に力を注ぎました。
ストリートファイター6とSFL(ストリートファイターリーグ)
ストリートファイターは、ウメハラ選手が10代で才能を開花させた人気の対戦型格闘ゲームシリーズであり、最新作「ストリートファイター6」は前作から7年ぶりとなる2023年6月に発売された。その発売元であるカプコン公式のプロリーグ戦がSFL(ストリートファイターリーグ)で、日本国内の「SFL: Pro-JP 2024」においてウメハラ選手は「Saishunkan Sol 熊本」チーム所属で参戦している。
── 現在は10時間も練習をしているとのことですが、現実的に考えると、どのくらいの練習時間であれば毎日継続しやすいですか?
ウメハラ:僕に関していえば、1日6時間くらいであれば継続できるかなという感覚です。8時間を超えると翌日も疲れが残っているのを感じます。10時間を超えると、翌朝に目の重たさを感じるほどになっています。
若い頃は、1日最大18時間続けてプレイしていた時期もあります。ただ、その頃は自分の限界も分かっていませんでしたし、キツくても「この仕事を定着させたい」と燃えていたので、なんとか続けられていました。でも、初めて顔中に吹き出物ができたり、目が
── 格闘ゲームにおける心身のメンテナンスは個々の選手に委ねられているのでしょうか。
ウメハラ:eスポーツの世界ではまだ、心身の状態とパフォーマンスの因果関係に関する研究がそれほど進んでいないので、どのくらいの練習量がベストとか、練習前後にどんなケアをするべきなのかとか、そういったことはみんな手探りの状態です。
もっと研究が進んで、どんなメンテナンスをした方が良いのか分かったら、みんなこぞって取り組むと思います。今は根拠がないことばかりで、本当に発展途上の世界なんです。
── 例えばサッカーや野球のように指導してくれる監督やトレーナーの方は付いていないのでしょうか。
ウメハラ:いないのですが、いた方が絶対強いですね。それはもう間違いないです。客観的な意見を言ってくれる人がいると、それまで悪い雰囲気でもチームが息を吹き返すこともあります。ただ、現状は主に費用の理由でまだ現実的ではありません。競技人口がもっと増えて大会の賞金も増えていくと、そういった流れもできていくでしょうね。
── 心身もご自身でメンテナンスされているのだと思いますが、心掛けていることはなんですか?
ウメハラ:疲れてきたなと思ったら、休む。僕は休むのが苦手なタイプではあるのですが、それでも意識的に休むようにしています。「今日は何もしない」と決めて休む日もありますよ。疲労に対するセンサーは、常に作動しています。
疲労が溜まっているサインは「ゲームしたくないな」と思ったときです。「やりたくない」と思ったら、体が「もうやめろ」と言っていると考えて、休む。僕の経験上、10時間プレイを3日続けると、たいてい4日目はやりたくなくなってしまうので、今は3日やったら1日休むというペースになっています。
── そうした心掛けは、いつ頃から意識し始めたのでしょうか。
ウメハラ:実は、本当に最近のことなんです。2年前のSFLに出場したとき、1日に10時間から12時間くらい練習をしていたのですが、かなりストレスが溜まってきて、そのうち寝るときに「俺、何のためにゲーム頑張ってるんだっけ」「何のために生きているんだろう」と思い詰めるようになってしまった。
先ほど話した1日18時間のプレイは自分にとって限界を超えちゃう取り組みで「これはできないんだ」と、絶対に無理なんだということを学んで、ちょうどいい時間を探ってきたんですけど、10時間でもどこか限界がくるんですね。集中して、勝負し続けていると。2年前はやり切ったんですが、やはりこれはあまり良くないと思って、その前段階に来た時点で休むように心掛けています。
大切にしているのは「散歩」と「睡眠」の時間
── ウメハラさんは海外遠征もたくさん経験されていますが、今年はどのくらい渡航されているのですか?
ウメハラ:2024年はすでにサウジアラビア、アメリカ、台湾、カナダ、アメリカ、スウェーデン、アメリカと7回渡航していて(取材時点)、これからフランス、アメリカ、シンガポール、ドミニカ共和国、またアメリカ……おそらく年内で合計10回と少し海外遠征をすることになると思います。ピーク時の2019年には、20回以上渡航していました。
── 渡航の疲れなどがありますから、試合前には体調面のケアが重要になりそうです。
ウメハラ:そうですね。時差ボケもありますし、長く滞在してから試合に挑んだ方が体調は整うのかもしれませんが、あまり長い期間を確保するのは現実的ではないので、僕は1〜2日くらい前には現地入りするようにしています。練習機材も持参しますが、基本的には休む時間に充てています。
── 遠征先での経験から健康に気を使うようになったことはありますか?
ウメハラ:8月に遠征でサウジアラビアに1週間ほど滞在したのですが、宗教的な事情でお酒が飲めなかったんですね。いい機会なのでそこから1カ月くらい禁酒してみました。
すると「あれ、こんなに体がすっきりしてたっけ?」「なんだか顔色が良くなった気がする」となって、お酒を飲まなくなっただけでこんなに変わるのかと驚きました。結果として以前ほどお酒を欲することがなくなって、友達と集まったりしたとき以外はほとんど飲まなくなりました。
── ウメハラさんは散歩もお好きだそうですが、遠征先でもよく歩かれているんですね。アメリカのミルウォーキーから散歩の様子を配信されているのを拝見しました。
ウメハラ:健康を意識して始めたわけではなく、歩くことは昔から好きですね。ただSFLに出るようになると、朝起きて支度をして、ゲームの練習イコール配信を始めてっていう毎日なので、ゆっくり散歩する時間もなくなっちゃうんですね。むしろ海外だと練習できる(回線などの)環境が十分ではないので、散歩を配信しても罪悪感がないんですよ。ミルウォーキーでは趣味を兼ねて3時間くらい散歩を配信しましたが、もっと歩けます。8時間くらい散歩配信したこともあるし、歩きながらゲームしたいくらいです。
ゲーム好きな人たちはよくインドアだと思われがちですが、僕は毎日ゲームセンターに通っていたので、外に出るのも好きなんです。家でずっと練習しているのは、実は性に合わないことも多い。特に僕の世代でゲームが好きな人は、人がいる場所に集まってコミュニケーションを取りながら遊ぶのが好きなんです。そのためにゲームセンターに通っていたところもあります。当時は、そうして行き帰りにもずっと歩いていたから、最低限の運動量が保証されていたのかもしれないですね。
── それで歩くことが習慣になったわけですね。散歩にはどのような魅力を感じますか?
ウメハラ:集中して戦略を詰めているときに散歩すると、張り詰めていた状態がほぐれていく感覚になります。朝起きてすぐに散歩するのもいいですが、ゲームを頑張った後に散歩すると、回復していくように感じます。
── 他に何か日頃から習慣となっていることはありますか? 先ほどは心身のケアとして休むことを重視されているという話もありましたが。
ウメハラ:ベストな睡眠時間を確保することは、常に重視しています。僕の場合は8時間。「ストリートファイター」シリーズには「トレーニングモード」という、あらゆる対処の練習をするためのモードがあるのですが、睡眠時間が6時間の状態で練習すると、パフォーマンスの精度が目に見えて落ちます。2時間足りないだけなのに。そういった経験から、睡眠時間の大切さを痛感するようになりました。
── 睡眠時間の長さだけでなく、睡眠を取る時間帯はパフォーマンスに関係しますか?
ウメハラ:自分の体調だけでいえば、朝起きて早い時間に寝る方が調子はいいですね。健康的な生活をしていると体調がすごく良くて、頭もすっきりしています。実は今日は昼の12時くらいに起きたので、万全の体調とは言えない(笑)。
ただ、朝型がいいとは言っても実際には練習相手がそのサイクルで生活していないので、自然と夜型生活になってしまいますね。SFLの試合も夜23時ごろになることもあるので、そうしたらその時間に眠くなっているわけにもいかないですし。
── 練習する対戦相手を生活リズムで選ぶわけにもいかないですもんね。ちなみに、練習相手はどうやって探しているのでしょうか?
ウメハラ:日本の選手の場合は、選手が個々人で見つけていることが多いですね。考え方は人それぞれで、僕の場合はさすがに次回の試合で当たる選手とは対戦しませんが、次の次くらいであれば練習しちゃいます。一つ確かなのは、その人と対戦することで経験を積めるんですよね。具体的な数字は分からないけど、他の人に対しての勝率が1%か2%くらいは上がるんじゃないか、そしたらその方が得だよね、というのが僕の考えです。
なぜなら、ライバルは日本だけじゃなくて海外にもたくさんいるわけです。15年くらい前は日本の選手が圧倒的に強かったのですが、今は海外勢が本当に強い。そうしたら、日本人選手同士で
フィジカル面で感じる若い選手とベテランの違い
── ご自身で、若い頃に比べて衰えを感じたり引退を意識したりすることはありますか?
ウメハラ:自分自身で感じるというよりは、自分と一緒にゲームをやってきた人たちを見て感じます。人を見て「昔はもっと動けていたはず」と思うなら、同じだけの時間を過ごしてきた自分も、徐々に何かを失っているのだろうとは思います。
それに、若い人がどんどん入ってきて、全体のレベルも上がっていったら、続けることが難しくなるかもしれない。とはいえ、その時期の訪れを自分でコントロールできるわけではありません。だからその時々の状況に合わせて、判断するしかないと考えています。
── 若い選手とベテランの選手では、どのような違いがあるのでしょうか。
ウメハラ:eスポーツはフィジカルスポーツとは違うとしても、例えば(同じマインドスポーツ*2である)将棋や麻雀などに比べて何かしらフィジカルの要素があるとしたら、「どれだけ早く反応できるか」という部分です。早く見て、すぐに操作する。それが大事な世界です。
動体視力は加齢によって落ちていくといわれているようです*3。若い人に比べて、動きを目で捉えるタイミングが遅くなり、操作のタイミングも遅れる。自分が動くスピードは変わっていなくても、動くべきタイミングを逃してしまい、結果的に後手になってしまう可能性があります。
特に「ストリートファイター6」は、とっさに反応して操作することが求められます。「若いから強い」とまでは言えないとしても、これまでより「若い人の良い部分が目立ちやすい」タイトルだと言えます。
フィジカル面に関してはちょっと面白い話もあって。僕は大会になると体温が37℃は当たり前で、たまに38℃くらいまで上がる時があって、そういう時に単純な反射トレーニングをしたらむちゃくちゃ成功率が上がったことがありました。普段の成功率が7割くらいだとすると、50回連続成功していて、明らかに精度が上がったんですよ。
まあ、この体温とパフォーマンスの因果関係は不明ですが、ほかに何かそういう「これでパフォーマンスが上がる」みたいな法則が発見されたら、若手もベテランもみんな飛びつくかもしれませんね(笑)。
── 老いに関して、ウメハラさんは老人ホームで介護のお仕事をされた時期もあるそうですが、利用者の方々とコミュニケーションを取られたことで、ご自身の将来について考えることはありますか?
ウメハラ:介護施設にいる方の多くは思うように体を動かすことができません。車椅子を使ってでも、自分で移動ができたら良い方。それでも、車椅子からベッドなどへの移動には介助が必要です。そういった方々を見ていると、自分の意思で動き回ることができる今の状態が、どれだけありがたいことなのかを感じました。
その頃の経験から「今の自分にできることをやろう」と強く思うようになりましたし、その教訓は今でも意識しています。「あのとき、もっとやっておけば良かった」と後悔するような将来にはしたくない。だから、何歳まで活動をしたいといったキャリア設計ではなく、できるうちは今の活動を続けていきたいと思っています。
── ちなみに、認知症の予防にゲームが有効であるといわれることがありますが、そういった考え方についてはどう思いますか?
ウメハラ:僕にはそういった専門知識がありませんし、ゲームをし続けた世代がまだ高齢者になっていないので、なんとも言えないところではあります。でも、もしそれが本当なら良いことだなとは思います。
ただ、ひとつ言えるのは「ゲームをやっている人は若く見られることが多い」ということ。見た目もそうですが、会話のテンポなどもそうです。ゲームをしていると、いろんなことが目まぐるしく起こり、それらを瞬時に判断していかなければならないので、脳を忙しく使っているんじゃないかなと思います。
長く選手生活を続けるためにも、体の不調や対処法は知っておきたい
── 2018年の海外遠征中には激しい首の痛みを感じて、治療をされたと伺いました。具体的にはどのような症状だったのでしょうか。
ウメハラ:症状は突然出たのですが、それまでの積み重ねから生じるものだったようです。「ぎっくり首(急性頚椎捻挫症)」と呼ばれるものでした。日本に戻ってから知人に紹介された病院で治療をした結果、幸い後遺症は残らなかったのですが「もう少し放っておいたら大変なことになったかもしれない」と言われました。
── 現在は何か定期的な検診やメンテナンスはしていますか?
ウメハラ:体の直接的なケアについては、整体などには行っています。あと、人間ドックは2年に一度受けています。治療をした方が良さそうなところは今のところ何もなく、幸い健康な状態を維持できているんです。とはいえ年齢的なことを考えると、いろいろな検査やメンテナンスをしておきたいですね。
── まさにこのWebメディアを運営しているフォーネスライフでは少量の血液を採取する「フォーネスビジュアス」という検査サービスを提供していて、将来の疾病リスクが予測でき、結果をもとに保健師の資格を持つコンシェルジュが生活習慣の改善を提案してくれるのですが、こういったサービスはどう思われますか?
ウメハラ:(疾病リスクについて)僕は知りたいですね。知りたくない人ってあまりいないんじゃないですか。対処できるように、知っておきたいですよね。今は健康だとしても、将来的な健康リスクは念のために知っておきたい。根拠に基づいたアドバイスがもらえるのであれば、生活に取り入れていきたいです。
── 若い頃と比べて、40代の今だからこそ考えるようになったことはありますか?
ウメハラ:若い頃は「どう食い扶持をつないでいくか」「仕事をどう発展させていくか」といったことを周りと話していましたが、この年になると「どう快適に生きていくか」という話をするようになってきました。生きていくだけならもう大丈夫そうだけど、これからも楽しく生きていけるかというと、意識しなければつまらない状態になってしまいかねない。
例えば、今の立場や慣れたものを大事にし過ぎて、変化に対応できないとか。先ほどのお酒の話のように、本当はもう欲していないものを、惰性で欲している気になってしまうとか。断捨離とまではいきませんが「これからの人生において、本当に必要なものはなんだろう」と考えることもありますね。仕事だったり、お金だったり、人間関係だったり。健康リスクと向き合うことも、楽しく生きていくために必要なことだと思います。
取材・構成:鈴木 梢
編集:はてな編集部
撮影協力:Red Bull Gaming Sphere Tokyo
対戦ゲームのプロアスリートとして15年近く第一線でプレイし続けているウメハラ選手に、これからもトッププレイヤーとして「ゲームに夢中」でありつつ「快適に生きていく」ことを考えるようになった現在の心境や気を配っていることをお聞きしました。
年齢を重ねて快適に生きていくためにも、重大な疾病の将来の発症リスクを知っておくことは大切でしょう。
「フォーネスビジュアス」では、ご自身の“今”と“将来”の健康状態、疾病リスクを分かりやすく可視化し、保健師の資格を持つコンシェルジュから食生活も含めた生活習慣改善のためのアドバイスを受けることができます。
*1:ウメハラ選手は、2010年に「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロゲーマー」として、2016年に「ウルトラストリートファイターⅣでの最高ランキング」と「最も視聴されたビデオゲームの試合」の2つでも世界記録に認定されている。
*2:身体を使った一般的なスポーツ(フィジカルスポーツ)に対して、戦略的に頭脳を使う将棋やチェス、麻雀、トランプ、ボードゲームなどを「マインドスポーツ」と呼び、eスポーツもここに分類される。
*3:参考:中央労働災害防止協会「高年齢労働者の活躍促進のための安全衛生対策」22ページ、など