将来猫の感染性腹膜炎が早期治療可能になるかも


本メディアの運営会社フォーネスライフのCTOであり、東北大学で客員教授も務める和賀巌がタンパク質測定技術SomaScan®を活用した世界の論文を紹介します。

和賀巌さん 近影
和賀 巌(わが・いわお)

フォーネスライフ株式会社CTO、NECソリューションイノベータ株式会社シニアフェロー。東北大学産学連携機構客員教授。東北大学医学研究科客員教授。東京大学医学部細胞情報学にて医学博士を取得。

1985年よりJT日本たばこ中央研究所で医薬事業部門の立ち上げに関わる。2003年には米国バイオスタートアップの事業開発部長としてIPOにも貢献。2004年よりNECグループで新規事業やスタートアップ出資、海外ヘルスケア事業構築に従事。米国で研究が進んでいたアプタマー技術への研究投資と、同技術を活用した疾病リスク予測ビジネス立ち上げに参画。2020年のフォーネスライフ設立より現職。2021年より科学技術振興機構未来社会創造事業運営統括業務も兼任。国立科学博物館でも展示された「光る花」の開発にも参加。

猫の感染性腹膜炎(FIP)は、ネコのコロナウイルスによって引き起こされる病気です。感染性腹膜炎では猫の免疫系が攻撃され、腹腔や胸腔に液体が溜まるなどの重篤な症状を引き起こします。この病気は、治療が困難で、ほとんどの場合死に至ります。しかしも、ネコ感染性腹膜炎の診断は簡単ではありません。なぜなら、病気を引き起こすコロナウイルスは、無症候性の猫にも広く存在しているからです。ネコ感染性腹膜炎になるかどうかは、コロナウイルスが猫の体内で変異するかどうかによって決まります。しかし、この変異したコロナウイルスを検出する方法は、現在のところ確立されていません。

そこで、アメリカのコロラド州立大学の獣医学部の研究者たちは、ネコ感染性腹膜炎の診断に役立つ新しい血液検査法の開発を目指しました。この研究の筆頭著者は、ベンジャミン・E・カーティス博士です。彼は、コロラド州立大学の獣医学部の微生物学、免疫学、病理学科の研究員です。彼らは、アプタマーを使ったタンパク質分析法の開発に携わっています。彼らは、アプタマーと呼ばれる特殊な分子を使って、ネコ感染性腹膜炎の猫の血液中に存在する1,304種類のタンパク質の種類と量を調べました。アプタマーは、特定のタンパク質に結合する能力を持つ人工DNAです。アプタマーを使うことで、ネコ感染性腹膜炎の猫の血液中に特有のタンパク質のパターンを見つけることができます。

研究者たちは、ネコ感染性腹膜炎の猫と無症候性の猫の血液を比較しました。感染性腹膜炎の猫は、無症候性の猫と比べて、血液中に異なるタンパク質のパターンを持っていることがわかりました。特に、免疫系や炎症に関係するタンパク質の量が多かったり、少なかったりしていました。 研究では、病気の猫と無症候性の猫の血液から、合計で約442種類の病気に関連するタンパク質を検出しました。それらは、自然免疫応答、サイトカインシグナル伝達、抗原提示、アポトーシスや血管の完全性などの免疫系プロセスに関連していました。 COX-2、CD23、および抗炎症メディエーターである TNF sR-II、IL-10Ra、IL-2 sRg、STAT3、熱ショックタンパク質 (HSP70 および 90)、CD36 が増加し、IL-1b、IL-5、IL-6 sRa、IL-8 (CXCL8)、IL-17RA、RANTES (CCL5)、CSF-1 (M-CSF)、プロスタグランジンなどの炎症促進性メディエーターが大幅に減少しました。
約32種類のタンパク質が、ネコ感染性腹膜炎の猫と無症候性の猫で有意に差があることがわかりました。この研究は、ネコの診断に役立つタンパク質の候補を多数発見したという点で、画期的なものです。

研究者たちは論文の中で、この研究の意義について、次のように語っています。今回用いられた手法は、ヒト以外にも、霊長類、ラット、マウス、イヌ、およびネコへの適用に関する原理証明は、SomaLogicによって示されているものの、本研究は猫における最初の実験的応用であります。診断、治療、予防の研究に役立つ可能性がありますが、それらは最初のステップにすぎず、さらなる検証が必要であることも記載されています。

ネコ感染性腹膜炎は、猫の飼い主や獣医師にとっても非常に悲しい病気です。ネコ感染性腹膜炎の診断は、現在の技術では困難であり不確実です。私たちは、アプタマーを使って、ネコ感染性腹膜炎の猫の血液中に存在する特徴的なタンパク質のパターンを見つけることができました。これは、ネコ感染性腹膜炎の診断に向けて、大きな一歩です。研究者たちは、この研究をさらに発展させて、ネコ感染性腹膜炎の早期発見や治療に役立てたいと考えています。

この研究は、Virusesという学術雑誌に掲載されました。この研究は、アメリカ国立衛生研究所やモリス動物財団などの機関からの助成金によって支援されました。この研究に関心のある方は、以下のURLから論文全文を読むことができます。
論文情報を下記に記載いたします。
An Aptamer-Based Proteomic Analysis of Plasma from Cats (Felis catus) with Clinical Feline Infectious Peritonitis
Benjamin E. Curtis, Zaid Abdo, Barbara Graham, Alora LaVoy, Samantha J. M. Evans, Kelly Santangelo, Gregg A. Dean
Viruses. 2024 Jan; 16(1): 141. Published online 2024 Jan 18. doi: 10.3390/v16010141
PMCID: PMC10819688





今回はネコ感染性腹膜炎に関するタンパク質の研究についてご紹介しました。

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構成:和賀巌
編集:lala a live編集部