認知症の症状を知れば心構えが変わる。『マンガ ぼけ日和』を通じて矢部太郎さんが考えたこと


自分の家族がもし認知症になったら──。そんな可能性について一度でも考えたことのある人は少なくないと思います。しかし、実際の認知症の症状や進行の仕方についてはよく知らず、漠然と不安を感じている方もいるのではないでしょうか。

芸人・漫画家の矢部太郎さんは、2023年2月に『マンガ ぼけ日和』(かんき出版)を発表。作中では認知症を患った登場人物の日常から看取りまでが春夏秋冬になぞらえて描かれ、認知症の症状や患者への接し方について親しみやすいトーンで知ることができます。

執筆に当たっては、グループホームも実際に見学されたという矢部さん。制作を通して、認知症のイメージはどのように変化したか、今後、高齢の親世代の介護や認知症についてどう向き合おうと考えているか。また、認知症などの疾病リスク予測についてもお話を伺いました。

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矢部太郎
矢部太郎さん

1977年生まれ。芸人・漫画家。1997年に「カラテカ」を結成。芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍している。初めて描いた漫画『大家さんと僕』(新潮社)で第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。シリーズ120万部の大ヒットとなった。その他の著作に『ぼくのお父さん』(新潮社)、『楽屋のトナくん』(講談社)などがある。

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「認知症の要因は“加齢”」という言葉がストンと腑に落ちた

──『マンガ ぼけ日和』は認知症専門医・長谷川嘉哉さん*1のエッセイ『ボケ日和』を原案に矢部さんが漫画化した作品です。もともと『ボケ日和』の装画を矢部さんが描かれていますが、あえて漫画化することになった経緯を教えてください。

矢部太郎さん(以下、矢部):最初に長谷川先生の本を読ませていただいたときに、認知症について初めて知ることばかりで、読めて良かったなと感じていました。その後、「本を漫画化しませんか」というお話をいただいたのですが、僕の母が長年介護の仕事をしていたこともあって、「こういうお仕事の話があるんだけどどう思う?」と聞いてみたんです。すると母から「すごくいい本だから、漫画にすることでもっと多くの人に届けられたらいいんじゃないかな」と言われたこともあり、それならお引き受けしようかなと思いました。

僕自身、実際に体験したことや創作したストーリーではないものを描いたことがなかったので、自分が当事者ではないことをテーマとして扱っている作品を描いていいものか、少し迷いもしたんです。けれど、先生が書かれていることの根底にあるものと、自分がこれまで漫画で描いてきたことにどこかつながりを感じる部分もあったので、僕が本を漫画にすることで、普段あまり本を読まない方などにも手に取ってもらえやすくなるとしたらうれしいなと。

──長谷川先生の本を読んだときに感じた、矢部さんご自身がこれまで描かれてきたこととのつながりというのは、どのような点だったのでしょうか?

矢部:認知症については世界中でいろんな研究がなされているようなんですけど、「認知症の原因の一つは“加齢”であり、老化の一環です」という長谷川先生の言葉が自分の中でストンと腑に落ちたこともあり、漫画にもそう描いています。

今ってまだ、認知症というものが社会の中で、日常とは地続きでない、触れにくいもののように扱われてしまっている側面があると思います。けれど先生のその言葉を聞いて、すごく身近なものであることを認識したんです。2025年には5人に1人が認知症になっているという予測もある*2ほど、本当に誰でもなる可能性がある病気なんですよね。

──矢部さんご自身は、これまで認知症というものを身近に感じる機会はあまり多くなかったでしょうか。

矢部:祖父や祖母と同居した経験もなかったので、すごく近くに認知症の方がいるという環境ではありませんでした。だからこそ「自分ごととして考えてみたい」というのも漫画化をお引き受けした動機でしたね。

僕の父や母も、歳を重ねて介護の未来が見えてきたこともあって、認知症というものについて、それから母の人生の大部分を占めていた介護という仕事について、じっくりと考えられる時間になるのではないかと思いました。

──制作に当たっては実際に、デイサービスやグループホームも見学されたそうですね。

矢部:長谷川先生のクリニックの隣にデイサービスやグループホームなどの施設があるので、そちらを見学させていただきました。先生のエッセイは随所にユーモアが感じられるのですが、実際の診察の中でも和やかなシーンがあったりして、そういった部分がエッセイにも反映されているのかなと。

例えば、先生が認知症の患者さんに「今日は何か困ったことはありましたか?」と質問されたとき、患者さんは「何もないですよ」と答えていたのですが、それを隣で聞いたご家族の方が「いや、いっぱいありますよ!」とすかさずツッコんだりしていて。そういうふうに笑いにすることで患者さんやご家族が自分の気持ちを吐き出せたり、救われたりすることもあるのかなと感じましたね。もちろん一概には言えないとは思いますが。

認知症はいつ誰にでも起きる可能性があると表現したかった

──エッセイを漫画に落とし込む上で、工夫された点などはありますか?

矢部:あえて「〇〇さん」といった個人名をキャラクターに付けず、「おじいちゃん」「おばあちゃん」といった家族の中での呼称だけを出す形にしました。登場人物に個人名がないことによって、これが特定の家族に起きた出来事ではなく、いつ誰にでも起きる可能性のある出来事だというのが表現できるのではないかと思ったんです。

──漫画の中では、「お金を盗られた」などと身近な人を疑う「物盗られ妄想」は認知症の患者さんがもっとも頼りにしている人に向きやすい……といった、患者さんの家族や介護をする人にとって心の助けになりそうなことも描かれていますね。

矢部:長谷川先生の本には「認知症についてあらかじめ知っておくこと」の大切さが書かれていると思っているのですが、僕としても、一番描きたかった部分はそこですね。

症状についてよく知らないと、「物盗られ妄想」などが起きたときに家族の方も強いショックを受けてしまうのではないかと思います。けれど症状について知っていれば、新喜劇のお決まりのギャグが出たときのように受け止められて、心に一瞬だけ余裕が生まれる、というお話を長谷川先生がされていたのがとても印象的だったんです。

(C)Yabe Taro/Yoshimoto Kogyo 2023 Printed in JAPAN

──『マンガ ぼけ日和』はユーモアも随所に見られる作品ですが、矢部さんが芸人だからこそできたと感じられる表現はありますか?

矢部:ギャグっぽいテイストが作中に入ってくることで読者の方がページをめくりやすくなる、というのはもしかしたらあるかもしれないですね。難しい話題をほぐすことはバラエティー番組などの中でもよくしていることですし。それから、描いた人の顔が見えるからこそ興味が湧いたという方もいるかもしれません。

──矢部さんが特に気に入っているエピソードやセリフなどはありますか?

矢部:作中では長谷川先生ご自身から聞いたお話も描かせてもらっています。先生のお母さまは介護経験があるのですが、そのときにお母さまが感じていたつらさについても描かせていただいた上で、「現代は介護保険制度もありますし、介護負担を感じたらどんどんプロを頼ってほしい」という先生のお話も取り入れられたことは良かったと思っています。先生からは「患者さんの看取りまできちんと描いてくれて良かった」という感想もいただいて、うれしかったですね。

(C)Yabe Taro/Yoshimoto Kogyo 2023 Printed in JAPAN

病気を知れば、自分の心構えや対処法も変わってくる

──長谷川先生とのやりとりや、施設の見学、漫画の制作などを経て、矢部さんの中で「認知症」のイメージに変化はありましたか?

矢部:「認知症は老いの一環でも起こる」という言葉の意味を、やっと実感として持てたという感じです。あらゆる病気がそうだと思いますが、まずは認知症について知ることが何より大切だと痛感しました。現状、認知症というものに対しては「知ろう」という姿勢を持っている方があまり多くないのではないかと思っています。僕自身もこれまではあまり意識したことがなかったですし、中には、「突然いろいろなことを全て忘れてしまって取り返しがつかなくなる」といったイメージを持っている方もいるんじゃないかなと。

けれど病気を知れば、それに対する自分の心構えや対処法も変わってくる。例えば、僕たちは風邪についての知識や対処法をあらかじめ知っているから、その症状として鼻水が出たり悪寒がしたりしても驚かないんですよね。たぶん、風邪というものをまったく知らなかったとしたら、体から急に水が出たり震えが止まらなくなったりして、めちゃくちゃ怖いと思うんです(笑)。それと同じで、認知症については知らない方が多いからこそ、なんだかよく分からない、アンタッチャブルなものとして捉えられてしまいがちなのではないかとも思いました。

──漫画を読んだ読者からはこれまでにどんな反響があったのでしょうか。

矢部:実際にご家族や身近な方の介護をされた経験がある方からは、「もっと早く読みたかった」といった感想もいただきました。認知症の方に対する自分の関わり方や症状の受け止め方がもっと違ったものだったら、何かが変わったのではないかと感じている方もいらっしゃるようです。介護や看取りは、少なからずつらさや後悔を伴うものだと思います。そんな中で、「ほどほどで十分です」という長谷川先生の言葉には、救われる方が多いのかもしれないなと想像しています。

長い目で今後の人生を考える上でも、病気の予兆は知っておきたい

──過去には、「母は高齢になり介護される側、僕は介護する側の年齢になろうとしています」とも語られていました。ご自身の家族のケアについては、今後どのように考えられていますか?

矢部:僕が幸運だったなと思うのは、『マンガ ぼけ日和』を父と母にも読んでもらえたことです。それによって、認知症についてお互いに共通の知識の基盤ができたのはすごく大きいことだと思っています。

母は「私に介護が必要になったら、無理せずすぐにプロの方にお願いしていいからね」と以前からよく言っていたのですが、長谷川先生の本を読んでからは、母は介護の大変さを知っているからこそ、そう言っていたのだろうと痛感しました。本当に介護をプロに任せる場合、「じゃあ僕にできることはなんだろう」と、それ以来よく考えています。

──漫画の冒頭では、妻の認知症を疑った老夫婦が先生のもとを訪れ、認知症の一歩手前の「軽度認知障害(MCI)*3であること、この段階なら進行を遅らせられる可能性があることを告げられる場面があります。矢部さんご自身は、なるべく早期に家族の変化に気付くことの重要性について、どのように感じていますか?

矢部:人間ドックや健康診断で病気の予兆がないかどうかを知るのが大切というのは誰しも感じていることだと思いますが、認知症も同じだなと思っています。僕自身、MCIの症状にはイライラしやすくなること、忘れっぽくなることなども含まれるとは知らなかったんです。「歳をとったらみんなそうだから」と思ってつい見過ごしてしまいがちですけど、家族に異変を感じたら、きちんと立ち止まって考えることも大事だなと今は感じています。

──忙しくてなかなか両親の様子を見に行けないまま何年もたってしまっている……という方も中にはいらっしゃると思うのですが、矢部さんはいかがですか?

矢部:僕は割と頻繁に実家に帰るようにしていますね。もし何年も親御さんの様子を見ていない方がいらっしゃるとしたら、できる範囲でお会いになった方がいいんじゃないかなと思います。

──認知症の発症には加齢だけでなく、生活習慣が大きくかかわることが報告されており、認知症の予防には適切な生活習慣がとても重要と言われています。本メディアの運営元であるフォーネスライフでは、認知症をはじめとした各種疾病のリスクを予測する「フォーネスビジュアス」を提供しています。将来の疾病リスクを予測して対策するという動きが広まっていることについては、どのように感じられていますか?

矢部:認知症などのリスクを予測できるサービスは僕も受けてみたいですね。自分自身を知ることによって、これから具体的にどんな行動をとっていけばいいかのヒントを得ることができると思いますし。長い目で今後の人生を考える上でも、健康状態について知れること・今の段階でできることがあるなら、あらかじめ知っておいた方がいいなと思います。

フォーネスライフが提供する疾病リスク予測サービス「フォーネスビジュアス」では、20年・5年以内(※5年以内は65歳以上が対象)の認知症をはじめとした各種疾病の発症リスクを予測することができます。さらには結果に応じて、コンシェルジュ(保健師)が、ご自身に合った生活習慣改善方法をご提案します。

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──『マンガ ぼけ日和』を通して認知症についての知識を得た読者も多いと思います。矢部さんは、認知症について漫画などを通し、今後も伝え続けていかれるのでしょうか?

矢部:具体的に作品にする予定が決まっているわけではありませんが、出版から半年以上たった今も読者の方から感想をいただけたりするので、「一度描いたから終わり」という姿勢で次に行くことはできないなと。SNS上はもちろん、お手紙などで感想を伝えてくださる方もいるので、そういった方にお返事を書いたりすることも含めて、自分の中でまだ『マンガ ぼけ日和』が続いている気がしています。

僕自身、認知症の予防法や新薬などについても、できる限り知る姿勢を持ち続けて、知識を新しくしないといけないなと考えています。

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今回は矢部さんに「認知症との向き合い方」についてお聞きしました。「病気を知れば、自分の心構えや対処法も変わってくる」という言葉が印象的でした。

記事でも触れている、フォーネスライフが提供する疾病リスク予測サービス「フォーネスビジュアス」では、20年・5年以内(※5年以内は65歳以上が対象)の認知症をはじめとした各種疾病のリスクを予測できます。さらには結果に応じて、コンシェルジュ(保健師)がご自身に合った生活習慣改善方法をご提案。コンシェルジュとの面談はオンラインで実施するため、遠方で暮らす親と一緒に相談をすることも可能です。

下記の記事では、フォーネスビジュアスのサービス内容について、フォーネスライフ社の社長が詳しく語っています。ぜひこちらもご覧ください。

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取材・構成:生湯葉シホ
撮影:関口佳代
編集:はてな編集部

*1:1966年、名古屋市生まれ。名古屋市立大学医学部卒業。認知症専門医。現在、医療法人ブレイングループ理事長として、在宅生活を医療・介護・福祉のあらゆる分野で支えるサービスを展開している。主な著書に『認知症専門医が教える! 脳の老化を止めたければ歯を守りなさい!』『ボケ日和』(ともにかんき出版)などがある。

*2:参考「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)の概要(厚生労働省)

*3:参考「軽度認知障害 | e-ヘルスネット(厚生労働省)