病気はこれからも付き合いつづける「友だち」。俳優・五頭岳夫さんの「不自由さ」を味方につける生き方

Netflix『地面師たち』での好演を筆頭に、70代にして遅咲きのブレイクを果たした俳優・五頭岳夫さん。歳を重ねてきたからこそ出せる味わいと唯一無二の存在感は、多くの視聴者を魅了しています。

しかし、そのキャリアの裏には、40代で直面した生命の危機と、役者引退を迫られた葛藤の歳月がありました。不自由になった身体をどう受け入れ、どのように表現へと昇華させてきたのか。病に直面した当時を振り返っていただきながら、五頭さん流の「心と身体の整え方」をうかがいました。

 

五頭岳夫さん

1948年生まれ、新潟県阿賀野市出身。劇団「青年劇場」で20年間舞台に立つ。40代で顎骨骨髄炎を患い、手術を繰り返す。その後、エキストラから映像の世界へ復帰。映画『教誨師』やNetflix『地面師たち』などで注目を集める。2025年、阿賀野市観光親善大使に就任。2026年2月には自叙伝『生涯現役』を出版。精力的に新たなことに取り組み続けている。

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役者としていちばん“脂が乗っていた”42歳で受けた、役者引退宣告

──五頭さんは30代後半から40代にかけて、大きな病を経験されたとうかがいました。

五頭さん(以下、五頭):あれはたしか37歳のときでした。当時、劇団「青年劇場」に所属して、全国を巡業する毎日を送っていたんですが、熊本での舞台の最中に顎のあたりがなにかおかしいな、と。

地元の歯医者さんに行くとすぐに大学病院を紹介され、「顎骨骨髄炎」と診断されました。「手術をしないといけないかもしれないよ」と言われましたが、そのときはなにがなんだかわからない状態でしたね。一年先まで公演スケジュールが決まっていたので、翌々年に左下顎切除の手術をしました。その後も顎に入れたプレートが割れてしまって、計6回ほど手術を繰り返しました。

──当時の劇団での生活は、どのようなものだったのでしょうか。

五頭: もう過酷な労働でしたよ。学校公演なんかは、午前中に舞台を仕込んで、午後に生徒さんに見せる。生徒さんの中には、紙飛行機を飛ばす子もいたりしてね、そういう子たちと格闘しながら舞台をやるわけです。さあ終わったなと思ったら、またすぐに畳んで、次の目的地まで移動する。それを列車じゃなくて、改造した観光バスで運転しながら続けていたんです。そんな生活を20年ぐらいやっていましたから、身体も悲鳴を上げていたのかもしれません。

──そして42歳には胃がんも見つかったのですよね。

五頭:定期検診を受けに行ったら、胃がんだと判明し、胃を半分切りました。それも1回では済まず、2回開腹手術をし、結局胃を全摘出しました。そのときの縫合があまり良くなかったのか、縫ったところが引っ張られるような感じで、背中が丸まってしまうんですよ。

──病気が判明したときは、どんなお気持ちでしたか?

五頭:顎骨骨髄炎に関しては、初めての大きい病気だったこともあり、自分の身体のことだから「人任せにしたらだめだ」と思って、いくつかの病院でセカンドオピニオンを受けました。結局は最初に診断を受けた大学病院で治療するのがいい、とわかったんですけどね。

顔に金属のプレートを入れるので、顔の形が変わってしまうんですよ。それでも舞台は続けていましたが、声を張るために口を大きく開けるでしょ。そうするとプレートがパリンと割れちゃうんです。最後の手術は脳外科の先生と口腔外科の先生、それから形成外科の3人の先生が集まって折れたプレートを取ってくれたんだけど、破片はまだ脳に残っているみたいです。だから、主治医の先生には「もう役者は辞めなさい」と言われてしまいました。

──「役者を辞めなさい」と言われて、そのときはどんなお気持ちだったのでしょうか。

五頭: 劇団で頼られるようになってきていたし、役者としても舞台公演の場数を踏んで、いちばん脂がのった時期に「辞めなさい」って、もう相当落ち込みましたよ。それに、病気そのものというよりも病室にずっといるのが嫌でした。よく病院を抜け出して映画館に行って、看護師さんには怒られていましたね(笑)。

退院してからも、役者ができないんじゃどうしようもないなと思って、現実から目を背けるようにアメリカへ1か月、ヨーロッパへ1か月くらい旅に出ました。それまで日本を出たことがなかったので、知らない世界に触れてみたい気持ちもあって。そこで自分の悩みを俯瞰して見ることができたおかげで、「なんとかなるんじゃないか」と思えるようになりました。

帰国後、劇団からは事務方として残るよう勧められました。しかし、僕にはやっぱり役者しか考えられなかった。どうにかして役者を続けたいという思いで、舞台から映像の世界へと活路を見出していきました。

舞台役者からエキストラへ。遅咲きのブレイクへ

──帰国後、すぐに役者の仕事に戻られたのでしょうか。

五頭:通院しているのが大学病院だったから、予約も決まった時間にしか取れないんですよ。リハビリの時間を優先するなかで、空き時間にできることはなにか、と考えて行き着いたのがエキストラの仕事でした。いわゆる通行人です。ただ「歩くだけ」って思うでしょ。でも、急いで駅へ向かう人もいれば、犬の散歩でゆっくり歩く人もいれば、足腰が悪くて背中を丸めて歩く人もいる。いろんな人間を演じることを意識して、その経験を積むことができたのがこのエキストラ時代でしたね。

──そこから、徐々に大きな役を掴んでいかれたのですね。

五頭: 現在の事務所に入ってから7年後に三木聡監督の『図鑑に載ってない虫』(2007年)でホームレス役を演じる機会をいただきました。その後、『教誨師』(2018年)で字の書けない老人を演じてから少しだけ注目されるようになり、土井裕泰監督の『罪の声』(2020年)、ブレイクのきっかけとなった大根仁監督の『地面師たち』(2024年)など、名だたる監督たちから声をかけてもらえる機会が増えていきましたね。

──大きな病気をしたことが、役者のお仕事に活きているなと感じることはありますか?

五頭: 僕の場合は、社会的に豊かではない人の人生を演じることが多いんです。それは少なからず、病気の影響もあると思う。顔の造形や、胃がんの手術の縫合で歩くときの姿勢が悪くなっていることなんかもそう。そういう意味では病気をしたことも、僕にとっては大事な経験だったのかもしれない。

要は、自分の状態を、自分自身がどう捉えるかなんだよね。世間の判断基準として「良い」「悪い」はあるけれど、最終的に判断するのは自分なんだって思っています。病気になることや、病気によってできないことが生まれるのは、世の中では「悪いこと」のように言われていたとしても、それをどう受け止めるかは自分次第ですから。

不自由さと対話する。五頭さん流「心と身体の整え方」

──現在78歳とのことですが、日々の体調管理や、身体を整えるために意識していることはありますか。

五頭:胃がんの手術で胃を取ってからは、あまりたくさん食べられなくなりました。それに、後期高齢者になってからは、身体の状態も変わってきているんですよ。だから、どういう状態が自分にとっていちばん調子がいいのかを知ることがまず大事です。

最近は、健康だったときのことを思い返して、舞台に上がる前にやっていた発声練習や、股関節を広げるストレッチをしたり、足を上げる運動をやったりしています。

──歳を重ねても健やかでいつづけられる秘訣はなんだと思いますか?

五頭:とにかく好きなことはやったほうがいい。僕はヘビースモーカーってほどではないけれど、ものを考えているときに行き詰まっちゃうと、どうしてもいらいらしてくる。健康の観点では勧められるものではありませんが、気分転換として煙草を吸うこともあります。健康のためにはやめりゃいいんだろうけどね、やめたらやめたでいらいらしちゃうだろうから(笑)。

──我慢しつづけることでストレスが生まれたら本末転倒ですもんね。日頃の生活の中で、心の健やかさを保つためにしていることはありますか?

五頭:今、自分が住んでいる団地の自治会の班長を務めているんです。毎月、手書きの会報を作って全世帯に配ったり、住民のみなさんと交流したりしていてね。これが意外と良い刺激になる。誰かに必要とされる、役割があるということは、心に張りを与えてくれるものだなと感じますね。

病気は「友だち」、不自由さは「個性」。今この瞬間を面白がる心の柔軟性

──病気や加齢によって、以前の自分とは違う「不自由さ」を感じている読者は多いと思います。五頭さんはその不自由さとどう折り合いをつけていますか。

五頭:僕はね、病気のことを「友だち」みたいなものだと思っているんです。病気と向き合っているときはもちろん悩みますよ。だけど、悔やんでもしょうがない。これは「付き合っていくもんだ」と。病気のほうばかり見てるんじゃなくて、人生のその先、やりたいことを見ていったほうが得じゃないですか。そうすれば、生きる時間がより豊かになるんじゃないかな、と僕は感じています。病気を乗り越え、ようやく肉体的にも精神的にも解放されて、ほんとうにやりたいことをやれている今が、とにかく楽しくてしょうがないですね。

──年齢を重ねる中で、特に気をつけている「心の持ちよう」はありますか。

五頭:身体だけじゃなく、やっぱり心も柔軟なことが大事なんですよ。歳を重ねると、どうしても頑なになってしまうところがあると思うんです。僕自身にもそういうところはあるんですが。でも、周りの意見を取り入れようとしないでいたら、大事なものをたくさん取りこぼしてしまうかもしれない。自分の考えの軸を持ちながら、周りの意見やアドバイスに耳を傾けられる心の柔軟性は、いくつになっても持っていたほうがいいんじゃないかな。

──40〜60代の読者の中には、将来の健康やキャリアに不安を感じ、新しいことに挑戦する勇気を持てない方もいます。そんな方々に、五頭さんならどんな言葉をかけられますか?

五頭:僕は今、歌をやったり、観光親善大使をやったりしていますが、自分では新しいことへの挑戦をしているつもりなんてさらさらないんです。ただ、目の前にあることをおもしろおかしくやってきただけなんです。お金がないから、体に不調があるからと諦める前に、今の自分にできる範囲でやりたいことに触れてみてほしいですね。

 

2026年2月28日、初の自叙伝『生涯現役』(游藝舎)を出版した。

取材・文:ひらいめぐみ
撮影:安井信介
編集:岩田悠里(プレスラボ)