
プロテオーム解析は昨今、基礎研究だけでなく応用研究や医学研究においても行われるようになりました。また、プロテオミクスという研究分野自体が、現在大きな注目を集めています。
プロテオーム解析にはいくつかの手法があり、選定のハードルが高いと感じている方も少なくないでしょう。本記事では、それぞれの手法にどのような原理があり、どのような用途で使われているのか解説します。
目次
プロテオーム解析の高度化が進んでいる
プロテオーム(proteome)とは、タンパク質(protein)と、ラテン語で「全体」を意味するomeを組み合わせた言葉で、血液などの体液や組織、細胞に含まれている全タンパク質の総体を指します。そして、サンプル(検体)中に存在するタンパク質を1回の操作で網羅的に解析することを「プロテオーム解析」といいます。遺伝情報の総体であるゲノムは基本的に不変ですが、プロテオームは環境や時間によって動的に変化するため、生理状態や疾患メカニズムの理解、健康状態の把握、疾患進行の指標、将来の疾患リスクの予測などに役立てられると考えられています。
タンパク質を個々に検出する方法はウェスタンブロッティング法やELISA法など以前から多くありますが「1回の操作で網羅的に検出する」という点がプロテオーム解析の最大の特徴です。特定のタンパク質に絞り込んで解析するのではなく、全体を解析してから個々のタンパク質に注目する、いわゆるデータ駆動型研究が可能になります。
近年はプロテオーム解析技術の高度化が進んでおり、1万を超えるタンパク質を一度に検出できるようになり、検出感度や再現性の向上も進んでいます。
こうした発展は、がんや生活習慣病などの新規バイオマーカーの探索や創薬標的の同定、新たな生理機構の発見など、医学研究や生命科学研究において新たな知見をもたらしています。
なお、プロテオームを対象とする研究分野のことをプロテオミクスといいます。ゲノムを研究対象にするゲノミクス、RNAを対象にするトランスクリプトーム、代謝物を対象にするメタボロームなども含めて生体分子を網羅的に解析することをマルチオミックス解析と表現し、近年のホットな研究分野の一つとなっています。
3種類の解析手法「抗体」「質量分析」「アプタマー」
プロテオーム解析には原理の異なる手法が複数存在し、目的に応じて使い分けているのが現実です。タンパク質はDNAやRNA解析におけるPCRのような増幅ができないため感度における課題があり、多種多様であることからそれぞれの手法の特徴に応じて検出できるものが異なります。そのため、研究者にプロテオーム解析のハードルを高く感じさせている要因になっているようです。
現在の主なプロテオーム解析の手法を3つ紹介します。

抗体ベース
抗体の特異性を利用して、標的タンパク質を検出する手法です。核酸タグを用いる方法や、メンブレンベースの抗体アレイなど、さらにいくつかの手法に分類されます。抗体ベースのプロテオーム解析は、標的タンパク質と結合して検出するため「バインディングアッセイ」に分類されます。現在では5,000種類を超えるタンパク質を同時に検出する方法も開発されています。
欠点としては、標的タンパク質に結合できる抗体を必要とするため、抗体のないタンパク質は検出できません。
また抗体は、動物から採取・精製した複数種類からなるポリクローナル抗体と、バイブリドーマとよばれる細胞で作製する単一種類のモノクローナル抗体がありますが、いずれも生物由来のためロット間の差が生じやすく、場合によっては製造ロット分がなくなると全く同じものを生産できないという継続性の問題を抱えることになります。
質量分析
プロテオーム解析の中でも多く使われている手法が質量分析(MS)です。MSでは、サンプル中のタンパク質を消化酵素によってペプチド化したのち、液体クロマトグラフィ(LC)で分離、イオン化してから質量分析計に導入します。質量分析計でペプチドの質量(分子量)を計測し、その結果をデータベースと照合させることで、元のサンプルに含まれているタンパク質の種類を特定します。
現在では1万を超える種類のタンパク質が検出可能で、分子量からタンパク質を特定するため、特に未知のタンパク質を探索する際に有効な手段です。さらに、糖鎖やリン酸化などの修飾、アミノ酸の配列変化など、タンパク質中のわずかな変化も検出できることが特徴の一つです。
一方、データ解析には高度な専門知識が要求され、ラボで装置を購入するとなると高額な費用が必要になります。また、変動係数(CV)を指標とする再現性が他のプロテオーム解析の手法と比較して低いとされています。
アプタマーベース
アプタマーとは、一本鎖DNAやRNAが特定の立体構造を取ることで標的タンパク質と高い親和性を持って結合する分子認識ツールです。アプタマーは化学合成によって生産されるため、ロット差が小さく安定的に供給できるという利点もあります。
アプタマーを利用したプロテオーム解析サービスが、フォーネスライフが提供している「SomaScan®Assay」です。
タンパク質測定サービス(SomaScan®Assay) | 約11,000種のタンパク質を測定し結果をお届けします。医薬品開発・疾病研究などにご活用いただけます。
SomaScan®Assayでは、一般的なアプタマーよりも「結合した後で解離しにくい」性質を持つSOMAmer®(Slow Off-rate Modified Aptamer)というSomaLogic社のアプタマーを使用しており、疎水性官能基の修飾により結合能と特異性の高さが示されています。相同性の高いタンパク質も識別可能です。
現在、SomaScan®Assayでは最大約11,000種類のタンパク質を検出できます。CV(変動係数)は約5%で、抗体ベースの約10%、質量分析ベースの約20%と比較して、より再現性が高いのが特徴です。
再現性が高い(CVが低い)ほど、信頼できる結果を得るためのサンプル数を抑えることができ、臨床試験など収集できるサンプル数に限りがある場合では、大きな利点となります。
プロテオーム解析の最前線とSomaScan®Assay
プロテオーム解析の歴史はハイスループット化の歴史でもあります。ハイスループット化とは、一度にどれだけ大量のタンパク質を同時に検出できるかというカバレッジの向上を意味します。抗体ベースとSomaScan®Assayというバインディングアッセイでは、抗体またはアプタマーの種類が網羅性に直結します。そのため、バインディングアッセイでは特異性を維持しつつ抗体やアプタマーの種類を増やすことに注力しています。
実際、SomaScan®Assayのサービス開始当初のアプタマーは約1,000種類でしたが、現在では最大約11,000種類のアプタマーを用いたプロテオーム解析が可能になりました。今後もアプタマーの種類を増やし、網羅性を拡張することを目指しています。
また、感度の向上も重要な課題です。核酸はPCRによって増幅させることで検出が容易になりましたが、タンパク質を増幅させる技術は存在せず、いかに感度を向上させるかが技術的な課題となっています。
感度の向上については特にMSが追求しており、例えばデータ非依存的取得(DIA)法は従来のデータ依存的取得(DAA)法に比べて優れた感度を実現しています。
SomaScan®Assayの実績は世界で1,500報以上
SomaScan®Assayはすでにさまざまな研究で使われており、1,500以上の実績が報告されています。
医療分野では、例えば中国の研究グループがSomaScan®Assayを含むプロテオーム解析により大腸がんのマーカー分子や治療標的の探索を行った報告があります(Clin Proteomics. 2025 Jun 4;22(1):24.)。
カタールからは、血液と唾液のプロテオーム解析においてSomaScan®Assayが使用され、唾液プロテオミクスは心血管疾患の発症リスクの高い対象者を特定する可能性があると報告されています(Sci Rep. 2025 Feb 3;15(1):4056.)。
常染色体優性(顕性)アルツハイマー病の初期変化を脳脊髄液のSomaScan®Assayプロテオーム解析によって捉える成果もあります(Cell. 2024 Oct 31;187(22):6309-6326.e15.)。
産業分野の研究においてもSomaScan®Assayは使用されています。ビタミンDサプリメントを摂取すると51種類の血漿中タンパク質量が変動することが、SomaScan®Assayによるプロテオーム解析から明らかになり(Proteomics Clin Appl. 2025 May;19(3):e70005.)、ビタミンD関連の代謝経路のさらなる解明や、ビタミンDサプリメント摂取による疾患予防につながる可能性があります。
また、ネコに感染するコロナウイルスが引き起こす感染性腹膜炎のプロテオーム解析の実績もあり(Viruses. 2024 Jan 18;16(1):141.)、ヒト以外の動物種においてもSomaScan®Assayは適応できます。
解析結果をどのように解釈し、応用するか
プロテオーム解析は、基礎研究と応用研究、医学研究の橋渡しとなります。ある薬剤の開発の際に、プロテオームデータから患者をあらかじめ疾患サブタイプによって分類し、サブタイプによって薬剤の効果の差が生じるか検証することで患者の層別化につなげることができます。これとは逆方向のアプローチとして、リバーストランスレーショナルリサーチがあります。臨床サンプルに対してプロテオーム解析を行い、薬剤の応答性の差はどこにあるのか、基礎研究の立場に振り返って検証することで、新たな疾患メカニズムの解明や疾患モデルの構築に貢献できます。
SomaScan®Assayでは、2群間で変動したタンパク質はどのパスウェイに関わるものなのかを分析、可視化するオプションも提供しており、研究者の解析をサポートします。
プロテオーム解析の未来
プロテオーム解析の技術は今後も高度化が進むと見込まれています。解析できるタンパク質の種類の増加、高感度化によって、これまでは検出できなかったバイオマーカーや創薬ターゲットの発見につながると期待されています。SomaScan®Assayにおいても、アプタマーの種類を増やすことで検出可能なタンパク質の種類の拡大を目指しています。また、例えば便など、対応可能なサンプルの種類を増やすことも検討しています。
プロテオーム解析は動的な生命現象を解き明かすにとどまらず、医学研究においても新たな知見をもたらし、バイオマーカーや創薬ターゲットの探索、個別化・層別化医療に大きく貢献することが期待されています。
構成:島田祥輔
編集:はてな編集部
タンパク質測定受託サービス「SomaScan®Assay」は、機器導入の必要なくご利用可能で、最大約11,000種類の血中タンパク質をアプタマーにより測定します。医薬品開発・疾病研究などにご活用いただけます。
サービス詳細や資料請求・お問い合わせなど、詳しくは下記のページからどうぞ。検体の数量、研究の規模に関わらず、お気軽にお問い合わせください。
タンパク質測定サービス(SomaScan®Assay) | 約11,000種のタンパク質を測定し結果をお届けします。医薬品開発・疾病研究などにご活用いただけます。